第2章01
翌朝、夜明け前。
昨夜の場所に停泊している採掘船アンバー。
アンバーの甲板に、毛布を被った穣が寝転がっている。その近くの甲板ハッチから、
剣宮は穣に気づいて驚き「ありゃ。こんな所に」と言うと「ちょっと穣さん!」と声をかけるが穣は起きない。更に穣の肩を揺さぶりつつ「穣さん!」
穣、やっと目を覚まして「ふぁ?…ああ、剣宮君」
剣宮「なんつー場所で寝てんですか!」
穣、上体を起こしつつ「…部屋で寝たくねぇからさ。…あいつ、居ねぇし」
剣宮、ハッとして(そうか、護さんと同じ船室…)
穣「眠れないから、ここで空を見てたらいつの間にか寝てた。…船が飛ばなくて良かったなー」
剣宮「飛ぶ前にチェックしますから大丈夫ですよ」
穣「あ、それで二等操縦士が今ここに」と剣宮を指差す。
剣宮「はい」と言うと「夜が明けて来た」と空を見る。
空がだんだん明るくなってくる。
剣宮、ふと何かに気づき「おや。遠くにエンジン音が聞こえる。」
穣「来たか黒船。」
剣宮「黒船と、人工種管理官を乗せた航空管理の船ですね。」
穣「来るの遅ぇわ!」と言いつつ立ち上がると「今日は何が何でもカルロスに護を見つけてもらう。あの人型探知機、出来なかったらただじゃおかねーーー!」と絶叫すると上空の黒船を指差し「っていう俺の気迫を探知しやがれ金髪野郎!カールーロースー!!!」
その頃、上空の黒船の船内通路の一画では。
カルロスが通路を歩きながら(…なんか突き刺すような意識エネルギーが私に…あぁアンバーの穣か。五月蠅い奴だ…)と思いつつ、ブリッジのドアの前に来て暫し立ち止まると(…ここまで来ても気づかないのか。)と溜息をつく。
それから引き戸のドアの取っ手に手をかけ、ノックも無しにガラッと扉を開ける。その瞬間「わぁっ!」という声と共に目の前に上総が立っている。
カルロス「おはよう上総」
上総「さ、採掘監督!! いつからそこに居たんですか、全然わかんなかった!」
カルロス「分かったら探知妨害している意味がないだろう。」
上総「ていうか俺がブリッジから出ようとしたの見計らってドア開けましたよね!」
カルロス「お前が私を本気で探知しないのが悪い。」
上総「だって、監督の探知妨害は完璧すぎて」
カルロス「お前、黒船に来てもう何ヶ月経った?そろそろ私を探知できるようになろう。」
上総「でも…。あっ」と言うと、すぐ傍の船長席にいる駿河に「船長、採掘監督いました!」
駿河ちょっと呆れた顔で「探しに行く手間が省けたな。」
カルロス「上総。君は周防先生が私の後継機として作った探知人工種だろ。」
上総「遺伝子的にはそうらしいですが…。」
カルロス「本気で探知すれば私の妨害を突破できる。」
上総「そうかなぁ」と呟く
カルロス、駿河に「船長、アンバーの行方不明者はこの辺りには居ません。少し移動しましょう。」
駿河「えっ。もう探知したとか?」
カルロス「はい。」
駿河「早いですね…。じゃあアンバーに連絡します。」と言い連絡用電話の受話器をとる。
上総、カルロスを見つつ溜息ついて「凄いなぁ…。」
カルロス「…お前も私のようになる。そもそも君が何の為に黒船に入れられたか」
上総「それはそうですけど」
カルロス(…こいつは何でこう、甘えた奴になったのか…。…私は散々厳しくされたというのに)と内心若干イライラしつつ(でもこいつを一人前に育てなければ。それが私の最後の務め…。こいつが一人前になった時が私の最後だ。)
そこへ駿河が「監督、アンバーの剣菱船長が、貴方と話がしたいと。」
カルロス「はい」と駿河から受話器を受け取ると「代わりました。」
剣菱『ああカルロスさん。聞けば既に探知して、この辺りに護がいないと』
カルロス「はい。あとは彼が落ちた洞窟内の川の流れを辿って移動しつつ探すしかない。」
剣菱『ちなみに貴方は、その…。護がどんな状態かも分かるのでしょうか。』
カルロス「分かります。もし仮に死体でも探知出来ます。」
剣菱『…そうですか。』というと『では本船は黒船の後をついて行きますので宜しくお願い致します。』
カルロス「お任せください。」と言い電話を切る。
上総、カルロスに「…死体でも、探知できるんですか?」
カルロス「出来るだろ?」
上総「う、うん。出来ますけど、でも…。」
カルロス、操縦席の総司に「総司君、やや1時の方向に寄りつつ、このまま直進して下さい。」と指示する
総司「了解」
上総、溜息ついて「嫌なものって、なかなか探知できないですよね。」
カルロス「だが仕事となれば別だ。それを探知する事が任務上必要ならば、嫌だとは思わない。」
上総「…」
カルロス、上総に「君も探知しよう。」
上総「えっ、死体をですか?」
思わず総司が「まだ死んでない!」
カルロス「行方不明者をだ。…お前ここでただボケッとしてるだけか?」
上総「いえ、探知します。」と言い探知を始める。
快晴の空、朝日の眩しい光の中を、黒船を先頭にアンバーと管理の船が並んでゆっくりと飛んでゆく。
カルロスと上総は探知を続ける。
暫くして上総がふぅ、と溜息をついて「…見つかるのかな…」と呟く
カルロス「集中しろ」
上総「はい」と再び探知をしながら(…嫌だなぁこんな仕事。大体、俺は突然黒船に入れられて、まだ数カ月なんですけど。あの人みたいな凄い探知は無理…。っていうか、俺このままずっと黒船で探知をするのかなぁ。嫌だなぁ…。俺まだ21だし何かもっと別の事をしてから黒船に…でも人工種だから選択肢無いもんな。いいなぁ人間は自由で。)
するとカルロスが上総に「…全く集中してないな、お前。」
上総、思わず「え。」と焦って「…だって、その…。」と言いつつ内心(もし既に死体だったら、って考えると)
駿河「まぁ気持ちはわかる。しかし、仕事だ。」
上総、暫し黙ってから「あの、もし、行方不明の人がダメだったら、アンバーはどうなるんでしょうか。」
駿河「余計な事は考えるな。」
上総「だけど」
すると総司が溜息をついて「上総君はティム船長の時代に黒船に入れられなくて良かったな。」
上総「…その人って、凄い厳しかったんですよね。」
総司「うん。先代の船長は厳しかった。今の優しい船長に感謝しとけ」
駿河、微妙な顔して「…優しいかねぇ…。」
そこへカルロスが「ところで。」と口を挟むと「この辺りの山中の川はイェソドエネルギーを含んだ鉱石水の川で、どの支流に乗ったとしても彼は溺死には至らない。ただ流れがかなり速い場所があるので、激突死の危険はあるけれど、生死はともかく彼はこの流れに乗って、かなり遠くまで行ったと思われます。つまり、外地に出たと」
駿河・総司・上総、同時に「外地?!」と驚く
総司「そんなに流されたなんて」
上総「生きてるのかな…。だって外地って、凄く危険な所だと」
駿河「航空船にとっては確実に危険な所だ。航空管理の管理波がないから、許可無く出ると遭難する。」と言って「ともかく管理に連絡します。」
一方その頃、ターさんの家では。
護がアンバーの制服を着て、家の裏の小屋の外で何か作業をしている。
そこへターさんが何かが入った巾着袋を持ってやってくると、護に「これは今日のお昼の弁当!野菜の漬物と、おにぎりだけだけど。」
護「ありがたいです。」
護は黒石剣の周囲についているイェソド鉱石をノミで削り落としている。
ターさん、その黒石剣を見て「周りについてた鉱石、殆ど取れたね。そんな感じでいいよ。」
地面に落ちたイェソド鉱石の破片の周囲には妖精たちが集まり、鉱石を美味しそうにポリポリと食べている。
護、その様子を見つつ「…鉱石が朝ゴハンとは…。歯も無いのにどうやって食ってんだ…。美味そうに食っちゃって…。」と言ってから、ターさんに「そういえば、有翼種もイェソド鉱石を採るんですよね?」
ターさん「うん。有翼種もそれを使って生活してるからね。」
護「じゃあ、もし万が一の場合は俺、ここで採掘師として働く事も…。」
ターさん「ならとりあえず、この黒石剣を使えるようになろう。」
護「これをどのように使うんですか」
ターさん「後で教えるよ。じゃあ木箱に入って。採掘場所に行くから」と言いつつ、吊り下げ用ワイヤーのついた木製の大きなコンテナを指差す。
護、キョトンとして「これに…入る?」と首をかしげる
ターさん「昨日みたいに俺が君を抱いて飛んでもいいんだけど」と翼を広げて宙に浮かぶと「箱で運んだ方がいいだろ」
護「あ、そ、そうか!」と言い黒石剣を持って木箱の中に入る。数匹の妖精もポンポンと中に入る。
ターさん「箱にしっかり掴まって。揺れるぞ」
護「はい」
ターさんは吊り下げ用ワイヤーを掴んで木箱を引き上げつつ、飛び上がって上空へ。
揺れる木箱の中で、護はメチャ楽しそうに「おおー!!」
ターさん「恐くないかー?」
護、笑顔で「全然!浮き石があるし!」と言うと下を見て「うわ、全く家が無い!街も無い!ここは一体?!」
ターさん「ここがどこなのかは、当分気にするなー!」
同時刻、管理や黒船と共に護を捜索中のアンバーでは。
ブリッジ前の通路に数人のメンバーがいる。ブリッジの戸は開け放たれて、透や悠斗が時々心配げに中を覗く。
マゼンタ、ため息ついて「まだかなぁ黒船からの連絡…。」
悠斗「…頼んますよ、オブシディアン様ぁー!」
オーキッド「誰それ。」
悠斗「黒船の正式名称だよ!採掘船オブシディアン。」
マゼンタ「あー。いつも黒船って呼んでるから忘れてた。」
オーキッド「そんな名前だっけ」
健「もう黒船が正式名称でいいよ…」
ブリッジ内では穣がイライラしつつ「まだかよカルロス遅っせぇな…。とっとと探知しやがれ」とぼやく。
剣菱「落ち着けや」
穣「あの野郎、余計なモンは速攻で探知する癖に」
ネイビー「余計なモン?」
穣「昔カルロスがアンバーに居た頃、奴と俺は同じ船室でな!俺が密かに…」と言いかけてハッ!と気づくと「奴と一緒の部屋になると地獄を見る!」
ネイビー「何を探知されたの」
そこへリリリリと緊急用電話が鳴って剣菱が「管理からだ」と言いつつ受話器を取る。「はい、アンバー…」と言った所で暫し黙ると突然「えっ」と唖然として「黒船だけ外地に?」
穣たち「!」
剣菱「ウチの船も外地に出して頂けませんか。護はウチのメンバーなんです!一緒に」と言って「いや確かに以前ウチは…あの!ちょっと!」と言うと「畜生、切られた」と言い苦々しい顔で受話器を置くと「船を停めろネイビーさん。…管理と黒船は外地に出るけどアンバーはここで待機だと!」
マゼンタ「なんで!」
透「外地って、危険なんじゃ」
マリア「黒船にはカルロスさんがいるから」
剣菱「…航空管理の船には管理波の中継機が搭載されてて本部からの管理波を遠くまで飛ばせる。なので管理の船と一緒なら、外地に出ても遭難しない。でもウチの船は前科があるからここで待ってろと」
ネイビー「前科って…、1年前の事なのに、根に持つわねぇ」
穣「…マリアさんの探知で船の位置を確認しながらチョコッと外地に出ただけなのに。」
ネイビー「チョコッと出た割には凄い叱られちゃったよね」
穣「俺がな」
剣菱「普通は船長が怒られるモンなんだが!」
穣「出ましょうって提案したのは俺ですんで!」
剣菱「それでも普通は船長だべ!」
そこへ悠斗が「船は遭難しなくても…、人は…。」
透「…そもそも、そんな遠くまで流されて、無事なのか…?」
穣と剣菱、同時に「ワカラン!」
剣菱「…ワカランという事は希望があるという事!」
穣「待ってるしかねぇ!」
アンバーを置いて飛んでいく、黒船と管理の船。
一方、木箱に載ってターさんに運ばれている護は。
前方に、上空に浮かぶ何かが見えて来る。
ターさん「浮島が見えて来た」
護「浮島?」というと「…嘘だろ、空に島が浮いてる!本当に?!」
ターさん「見た事ないの?」
護「無いよ!あんなの有り得ない、信じられない!」
ターさんは島の上空に到達すると、ケテル石の柱の近くに着地する。
護、木箱から出て地面に降りつつ「でっかいケテル石!…こんなの生えてんのか!」
ターさん「ケテルはメジャーな石材だ。モノによって硬さも色々、切り方によっても変わって来るし。」
護、嬉しそうにケテルの柱に抱きついて「すごい…。すごい、すごい!」
ターさん、そんな護を見ながら(…昨日とは別人だな)と思ってからケテル柱を叩いて「じゃあこれをその黒石剣で切ってみて。」
護「これで?」と言い黒石剣を手に取ると「ケテルはケテルでないと切れないんじゃ」
ターさん「黒石剣でも切れる。何せそれはケテルより硬い」
護「そうなのか」と言うと「どのように切ればいいですか?」
ターさん「お好きなように。」
護、ちと考えてから「ダメだ、こんな凄い石、俺なんかが切っては」
ターさん「いいから切ってみてよ。失敗してもいいから」
護「じゃあ…」と言い真剣な顔で黒石剣を構えると、ガンとケテル石の柱をナナメ切りする。その途端ケテル石が大小の破片となってバラバラに割れる。
ターさん「ほー。…君、相当な怪力だね。」
護「いや、長兄の方がもっと怪力です。」
ターさん「兄弟がいるの」
護「はい。五人兄弟で、長男と俺が怪力、次男がバリアラー、三男と末子が風使い。」
ターさん「ほー。」と言い「俺、兄弟いないからちょっと羨ましい」
護「五人も居ると、色々ですよ?」
ターさん「かもなぁ。」と言うと「じゃ、俺は仕事を始めるから、君は適当にしてて。」というと別のケテル柱の所に行き、白石斧でカンカンと部分的な切り落としをしてから、最後に横からガンと刃を入れ柱を横に切り倒す。輝くケテル柱がゴロンと倒れる。切り口が美しい。
護「わぁ、すごい…。切り口が輝いてる…。」
ターさん「石は切り方によって輝きが変わるんだよ。さっきの石で試してごらん。」
護「へぇ。やってみる!」と言い黒石剣を持って石の所に走っていく。
同時刻、護を捜索中の黒船の船内にて。
食堂に、メンバー達が何人か集って話をしている。そこへジェッソが入って来る。
夏樹「あ、ジェッソさん」
昴「護は見つかったの?」
ジェッソ「さぁ」
レンブラント「あれ、ブリッジに行ってきたんでは」
ジェッソ「いや。…連絡があるまでブリッジには行かない方がいいかと思って」
そこへジュリアが「…ねぇ、今もう船は外地を飛んでるんでしょ?大丈夫なのかしら。船長を信頼しない訳じゃないけれど、…もし遭難したら」と不安げに訴える
ジェッソ「航空管理の船が一緒だから遭難の心配はない。」
メリッサ、ジュリアの肩を叩いて「大丈夫よジュリア」
レンブラント「しかし、外地だぜ…? 生きてんのか、あいつは」と言うと「十六夜の五人兄弟は苦手だが、…でも護は、俺の同い年だ」
ジェッソ「…レン…」
昴「俺達、製造師は違うけど、あいつらと同じ人工種製造所で作られた」
ジュリア「そうね…。五人兄弟、怖かったな。いつもケンカしてばかりで」
ジェッソ「あぁ。特に、満と穣がな…。」
昴「皆、五人兄弟とは距離置いてた。」
レンブラント「しかし、もし無事だとしても、あいつはどうなるんだ。処罰されるのか。」
一同、黙る
昴「…廃棄処分…?」
夏樹「噂だ。あれは。」
メリッサ「そうよ。噂よ。」
ジェッソ「…それよりもアンバーが心配だ。当面はマトモに採掘が出来ないだろう。誰かが採ってやらねば。」
昴「アンバーの埋め合わせは黒船がやる。」
レンブラント「黒船は人工種を代表する採掘船ですからね。採ってやりますよ。」
ジュリア「…とにかく、彼、無事だといいわね…」と言いため息をつく
ジェッソ「そうだな…。」と言いつつ内心(…最早、死体を見る覚悟をした方が良さそうだな…)
その頃、護は浮島で採掘中。
ターさんから少し離れた所で石を切る練習をしている。
護、自分が切った石を手に取ると「おっ!キレイに斬れた!」と嬉しそうに石を眺める。
するとターさんがやってきて「見せて」と石を受け取ると「もうちょっと活かすといいかも」
護「活かす?」
ターさん「うん。丁寧に切るというか…」と言って「切り処が悪いと石が死ぬからね。」
護「死ぬ?」
ターさん「例えばこれを」と言って護が切ったケテルの破片を地面に置いて、自分の斧でガンと切ると、石がボロッと崩れるように割れて濁ったような色になる。
護「崩れた…」
ターさん「これが石殺し。でも切り所が良いと」と言いつつ別の石をカンッと切ると、石が輝く
護「光った」
ターさん「これが石を活かすって事。…ケテルは切り処を見極めて活かしてこそ価値が出る。」
護「…そんなの今まで考えた事も無かった…。採掘量ばかり気にしてたから。」と言うと「どの辺りを切ったら上手く活かせるの?」
ターさん「それは自分で掴まないと。」
護「なるほど。よし!」
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