第9話 スライム使いとスライムシチュー
夢に出てきた。イオとピューイが。
あの忘れもしない大切な大会。モンスターブリダーズトーナメント。その一回戦の記憶……。
「なんで負けたの?」
肌寒い風が肌を通り抜ける季節になり、アユムはハンスさんからの仕事である借宿の手伝いをしていた。本日の内容はスライム達が作る今晩の夕食。もれなくスライムの体液が入っているかもしれない、もしくはスライム自体が入っているかもしれない。
「聞いてる?」
お客のまだ来てない時間帯なのに声がした。
「誰だ?」振り返るとそこにはイオとピューイが居た。ちゃっかりとテーブルに座り込み、しかもナイフとフォークを持っていた。
「まだだ」調理中の鍋に顔を再度向けると突っかかるようにイオが話しかけてきた。
「聞こえなかった?」
「何が?今忙しい。スライムなら適当に持っててってくれ」
「じゃなくて」その声に少々のピリつきを覚え、俺は鍋の火を消した。
「なに?」そう聞くとイオはいつものような何を考えているかわからない表情で淡々と話した。
「なんで一回戦。スライムに命令もせずに負けたの?」
「それか……時々あるんだよ。スライムが何にも分からなくなるときが」
アユムはイオと同じように困った様子も見せることもなく、同時に過去を振り返って悔しがる表情も見せずにただ古い昔話のように笑いながら言った。
「名前とか……名前はその場のノリでつけてるから忘れるときもあるけど、ただスライムが分からなくなる時はほとんど無いんだ」
「なんで?」イオはいつのまにか雰囲気を変え、真剣な目線でアユムを見ていた。
「分からない。分かれば……いいや。もう諦めたことだし」
「何を?」と聞くイオに対してモンスターブリダーズトーナメントと答えた。
「ウォータードラゴンを倒したことは聞いた。それほどの実力があってなんで?」
「しつこいなお前も。鍋作りながらでいいか?」うなづくのを確認し、鍋に火をつけ話し始めた。
「最近になって急に上位魔獣を倒せるようになったし、ウォータードラゴンですら、スライム達だけで押しのけることができた。自分の成長ぶりには驚くけど、諦めたんだ」それを聞くとイオは借宿を出て、何処かへと走り去ってしまった。
「あのやつ。ちゃっかりとスライム1匹持っていきやがった」再度、鍋に集中しようとした時に影に気がついた。ピューイがまだ居た。
ゆっくりと振り返るといつもと変わらないピューイがそこに居たが雰囲気から神々しさが溢れ出て
「ん?ピューイ?キャラ違くない?」
「あっ、すいません。出てましたか?さっきドラゴン族の定例会から帰ってきたばかりでして……あっ言ってはいけなかった」
いつものピューイだと思っていたが、やはり違うようだった。
「ウォータードラゴンの一件。お見事でしたね。あの者はウォータードラゴンではなく、アクアドラゴンという水魔素を司る水竜の長だったんですがね」
なんだ?イオもピューイも。今日はやけに真剣だな。
「ドラゴン定例会では貴方の名前が上がりました。モンスターブリダーズトーナメント一回戦で不戦敗をした貴方の名前がね」
「それは……」
「わかります。イオとの会話を聞いていましたから、ですがイオは思うところがあるのでしょう。ああ見えて負けず嫌いなのです。あの頃の私たちは水竜アクアドラゴンに指南を頼んでいましたから。それをスライム3匹で倒してしまうとなるとね」
「あれは、ある意味偶然。スライムがドラゴン族の魔法を吸い込んで吐き出しただけ。言わばカウンター。それにあそこにいたスライム自体が強かった。今はどこにいるかわからないけど」
なるほど、イオの様子のおかしさは定例会に参加してウォータードラゴンの一件を聞いたからか。あいつ見かけによらず可愛いとこあんだな。変態だけど。
「その定例会はアクアドラゴンの今後を決めるものでしてね。スライム族による敗北でアクアドラゴンは水竜の名を剥奪され、アクアドラゴンという名前すら失いました。そして彼は今頃研究所でスライム恐怖症にウォータードラゴンとして飼われてます。ドラゴン族の恥晒しとまで言われていますね。私は思いませんけど」
「で、ご自慢のおしゃべりは済んだか?ドラゴン族の定例会かなんだか知らないけど聞いてもいないことをべらべ……なんだそれ」
話の最中に割って入ってくるようにピューイが1枚の紙を渡してきた。
「モンスターブリダーズトーナメントの招待状?!なんでまた?」
「フリーデンス国中央研究協会直々だそうです」
「宛先は……ってなんでピューイが?」
「フリーデンスには知り合いの守護竜がいますから、それで」守護竜なんて初めて聞いたと思いながら手紙の裏を見ると、見たことある名前がそこには。「魔獣研究所長ソカベ・マリアナ。魔獣研究副所長ソカベ・ダンゾウ……あいつら親子揃っての命令かよ。しかも王証までついてる」王証がつくと王直々の命令と同じこと。逆らうことは出来ない。
俺が狼狽えているとイオが戻ってきた。目が少し赤い。
「そういえばまだ、ご飯食べてなかった」
「そうですよ。イオ。食べましょう。鍋ももう出来ているんでしょう?匂いでわかります」
「あ、ああ」俺は動揺しているのか分からないまま、出来ているであろう鍋からシチューを木皿へと盛ると椅子に座り込み封を開く。
新年度モンスターブリダーズトーナメントの出場権利書と出場魔獣の届出が入っていた。
今まで取るのすら難しいかったのに、こんなにあっさりと……。
「あっさりスープ。美味しい」
だが誰を出させるか
「何で出汁取ったの?……アユム?」
いや。俺は……諦め---
「スライム入ってる……だからか」
「え?……あっ!!お前ら!スライム共!スープの中には入んなって言っただろぉ!」
その光景を笑いながら見るイオとピューイを横目にせっかく作ったシチューがスライムシチューになってしまいハンスさんにどう説明しようと悩むスライム使いなのであった。
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