第13話

「うーん。とにかく、地図を見ましょうかしら」


 そう独り言を口にしながら、懐に大切にしまっていた地図を見る。

 あ……今、なんだかブレイブの声で「地図は見ながら歩くものだろ……大切にしまってどうするんだ……」って聞こえた気がする。


 なんだか、お小言を今までもらいすぎて、こうやって幻聴まで聞こえてくるなんて。


「大体。いつもブレイブたちの後ろというか、挟まれた状態で着いていってただけだし。それまではずーっと教会で暮らしてたわけだし。ちょっとくらい道に迷ってもしょうがないのよね!」


 決して自分で自分に言い訳をしているわけではない。

 ないったらない。信じて……


「えーっと、多分走り始めた時はこの辺りの道にいたと思うから、この方角に真っ直ぐ……あ、ダメだわ。全く分からない」


 ゲッティンゲンの町長モーブに描いてもらった地図は、ゲッティンゲンからトホクまでの道のり。

 主要な目印や分岐点は描いてあるけど、それ以外の情報は皆無だ。


 諦めて来た道を戻ろうと振り返った瞬間。

 私は、すぐ近くに、大型の生き物の気配を感じて、そちらに身体を向け叫んだ。


「誰!?」


 魔獣や魔族の中には、人間の言葉を理解したり、話したりする者も少なくない。

 元々は同じ共通の言葉を使っていた種族から分岐していったためだとも言われているが、詳しいことは全く分かっていない。


「返事は……ないわね。でも、そこにいるのは分かってるんだから!」


 うっそうと繁る木々が邪魔して姿は見えないが、かなり大きな生き物がいるのは間違いなさそうだ。

 少し荒めの吐息が聞こえてくるから、距離も遅なくそんなに遠くない。


 もし魔獣や魔族なら、討伐しておいた方がいいかもしれない。

 強い魔物の周囲には他の魔物が集まりやすく、強い魔物を主とした群れを作りやすいと、ザードが言っていた。


 私は用心しながら、枝葉を掻き分け、気配のする方へと歩いていく。

 すると……


「あ!!」


 思わず大きな声を出してしまった。

 木と木の間に、横たわるように、純白の毛の一部を真っ赤に染めた獣が居たのだ。


 大きな怪我を腹部に負っているらしく、赤色の中心はどす黒く変色している。

 獣は苦しそうに息を吐き出しながら、かろうじてといった様子で、私に目を向けた。


 ちなみに、魔獣ではなく、獣と読んだ理由は、魔物特有の角が見当たらないから。

 何故だかよく分かっていないけれど、魔獣や魔族は、みな身体のどこかに特徴的な角を持っている。


「ただの獣じゃなくて聖獣の部類かしら? それにしても酷い傷……待ってね。今治してあげるから!」


 私はそう言いながら獣に近づこうとした。

 その瞬間、獣から強い圧が発生し、脳内に直接声が響いてきた。


『近寄るな!! 騙されんぞ!! 手負いだからと言って、貴様みたいな小娘一人でどうにかできる我ではない! それ以上近づけば噛み殺してくれる!!』

「え……? すごい!! なにこれ!? おっもしろーい!!」


 突然頭の中に響いた声に、私は興奮してしまった。

 明らかに耳からじゃなく、何処から聞こえてくるのかもよく分からないけれど、はっきりと聞こえる声。


 おそらく目の前の獣、いや、こんなことができるということは、やっぱり聖獣なのだろう。

 聖獣が発しているに違いない。


「ねぇねぇ。聖獣さん。あなたが今喋ったの? すっごいねぇ!! ねぇ、もっと色々喋ってみて!」

『……は? な、何を言っている!! 訳の分からぬことを言って、我をまやかすつもりだな!?』


「わぁ! ほんと、どうやって聴こえるんだろう? ザードに聞いたら教えてくれるかな? 今度聞いてみなくっちゃ! あ、そうだった。怪我してるだったよね。もっとお話聴きたいから、先に治してあげるね」

『ザードとは誰だ!? 我にこのような傷を付けた者の名前か? 待て!! これ以上近づくなと言うに!!』


「うーん。めんどくさいなぁ。まぁお腹の傷で気が立ってるのかな? 近づかなければいいんでしょ? だったらここからないないしましょーねー。痛いの痛いの飛んでいけー」


 私は小さい手で空間越しに聖獣の傷を撫でてあげるように動かしてから、両手を組み、慈母神マーネスに祈りを捧げる。

 やろうと思えばこの祈りは省略もできるのだけれど、私が回復魔法を使う時の習慣になっているので、やらないと違和感がある。


 私が回復魔法を使えるのは慈母神マーネスの力をお借りしているだけだから、祈りを捧げるのは礼儀でもあると思う。

 それに、祈ってからやった方が、ご利益がありそうだしね。


 回復魔法を聖獣に使ってあげたおかげで、荒かった吐息がなくなり、聖獣の顔から苦悶の表情が消えた。

 魔獣でも普通の獣でも、表情豊かだと私は思うんだけど、それをファイに言ったら笑われたっけ。

 くー! ファイ、許すまじ!!


『馬鹿な!? 神獣である我に人間が扱うレベルの回復魔法が効くはずなど!? 貴様、いや……お主は何者だ?』

「え!? 聖獣さんじゃなくて神獣様!?」


 私は慌てふためいて、その場で頭を垂れる。

 ひゃー!! 神様だよ! びっくりだね!!


 ちなみに、聖獣も十分尊い存在なんだけど、神の冠する神獣は別格。

 もちろん神の位である神格というものがあるけど、人間である私が気軽に話しかけていい存在ではないのは確かだ。


 ここら辺はもちろん私が慈母神マーネスを主とした深い信仰故というのもあるけれど。

 とにかく、私は神獣の言葉を待った。


 すると、今度は頭じゃなくて、耳に聞こえる音で、さっきと同じ声が聞こえてきた。


「お主……その髪飾りはハノーファーか……? さらに我の怪我を一度に完治させる神聖力。ふははは! ふはははは!!」

「え? なんかすっごく楽しそう」


 私はついつい顔を上げる。

 神獣は牙の生え揃った大きな口を盛大に開けて笑っていた。


 そして……


「まさか再び相見あいまえるとは!! 女神マーネスの申し子よ! 戦神ガウスの意志を引き継ぐ者よ!! 我は汝の舟!! 世界という大海原を運ぶ舟だ! 汝のが行く末、しかと見届けようぞ!!」


 神獣は大きく目を見開き、叫ぶように私に向かって言い放つ。

 そんな神獣に、私は開いた手を前に突き出し。


「あ、そういうのいいので。私はこれからブレイブたちを助けに行くんだから」

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