第12話

「それにしても、歩きにくくて仕方ないわね……」


 トホクに向かって歩いている私は、そんな独り言を呟く。

 何が問題かと言うと、破城槌がデカすぎること。


 バイソーを倒すために引き抜いたのはいいものの、用が済んだので要らないとは言えない雰囲気だった。

 仕方がないので肩に担いで歩いいているんだけれど、とにかく邪魔。


「うーん。もっと、使わない時は小さくできるとか、そういう機能があればいいのに!! 神器なんだから!」


 なんてわがままを言う。

 いや、これはわがままだなんて決してない。


 純粋なる戦神ガウスへの祈りだ。

 うん。そうだ。そういうことにしておこう。


「あれ? そういえば……ガウス様って確か……」


 改めて今持っている破城槌の主、戦神ガウスの名前、前にどこかで聞いたことがある気がしたのだ。

 どこだったかなぁ……


「あ! 慈母神様の系譜!!」


 教会では主審セルシウスを始めとして、様々な神の系譜が書かれた教典が存在する。

 その中でも異説などをまとめた裏教典というのがあった。


 慈母神マーネスに関することはなんでも知っておこうと、私は裏教典についても読み漁っていた。

 なので、慈母神マーネスに関することだけは、ザードよりも博識なのだ。

 えっへん。


「確か……慈母神様が産んだ子神の纏う炎に焼き殺され、怒った主神様がその子神を神剣で斬り殺した時に生まれた神様だったわよね」


 異説の中には、慈母神マーネスが死んでしまっているなんてものもあるのだ。

 それじゃあ、今私が祈っている慈母神マーネスはなんだ? という疑問が湧いてくるわけだけど。


「ガウス様に関してはうろ覚えだけど、雷を司る神様だったはずよね。長い髪にいつも神鉄でできた髪飾りを差してたとか……あ!!」


 私は昔読んだ戦神ガウスの髪飾りに関する一説を頑張って思い出す。

 確か……戦神ガウスの力の源は生まれてから一度も切ったことのない髪。


 地面までつく長さの髪を、普段は髪飾りで結いていたとか。

 しかし、いざ戦いの際には、髪飾りを外して、長い髪を振り乱しながら、まさに戦の神たる強さを発揮した。


「神鉄……髪飾り……戦いの時外す……もしかして!!」


 私は一度担いでいた破城槌を地面に立て、表面に刻まれている翡翠色に輝く紋様を指でなぞる。

 戦神ガウスの項の挿絵に描かれてあった髪飾りにも同じような紋様があった気がする。


「えーい! ダメで元々!! 槌よ、縮んで、髪飾りになりなさい!!」


 私は勢いよく叫ぶ。

 しばしの沈黙……遠くで鳥の群れが木の上から飛び立つ羽ばたきが聞こえた。


「……って。やっぱり無理か。しょうがない。担いで歩くしかないわね。慈母神様。どうか旅の行く末を見守りください」


 そう言って、私は胸の前で両手を組、慈母神マーネスに旅の安全を祈った。

 その瞬間。


「え……?」


 目の間の地面に突き刺してあった破城槌が、みるみるうちに小さくなり、人差し指程度の長さの、棒状の髪飾りに変わった。

 私は唖然としながらも、それを拾い上げる。


「重さも……軽くなってるみたいね」


 同じ大きさで考えれば、普通の鉄などの金属よりもずっと重い。

 けれど、さっきの破城槌の重さに比べれば格段に軽くなった髪飾りを、私は髪に差した。


「うん! これは便利!! なんで小さくなったか、どうやったら元に戻せるかよく分からないけれど、ひとまずこれで、ずっと歩きやすくなったわね! なんなら走っちゃおう!!」


 肩に担いでいた荷物がなくなって、陽気な気分になった私は、勢いよく走り出す。

 前よりも手脚は短いが、その分ずっと速く動かせる。


 顔に当たり後ろに流れる風が気持ちいい。

 これならすぐにでもブレイブたちに追いつけそうだ。


「よーし!! このまま全速力で走ってやろう! ひとまず真っ直ぐ走った方が近道よね!!」


 そう思った私は、自分の強化された身体能力を総動員して、とにかく真っ直ぐ進んだ。

 道がなくても、勢いよく腕や脚を振り回していくだけで、自然とそこに道ができていく。


「道は自分で切り拓くものだって、慈母神様も仰ってたわ! 私が道を行くんじゃなくて、私の後に道ができるのよ!!」


 なんだか楽しくなってしまった私は、全速力でどこまで走れるか試してみたくなった。

 この速さなら、もしかしたら本当にすぐにブレイブたちに追いつくかもしれないし、真っ直ぐ走ってる分、むしろ私が先にトホクについてしまうかもしれない。


「ふふ……私が先にトホクに居たら、きっとブレイブたちびっくりするわよね」


 なんだか嬉しくなって、口元を手で抑えながら、私はとにかく走り続けた。

 走り続けて、そして……


「困ったわね。これ……間違いなく、迷ったわ……ここ、一体どこかしら?」


 私は、私が作った道以外は人工のものなど一切見えない、深い森の中にいることに、たった今気づき、辺りを見渡した後、そう呟いた。

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