第10話

「それでは……討伐は叶わなかったものの、主である魔族はもう居ない、ということですな?」

「はい。もう、西の洞窟からこの町の驚異になる存在はやってこないでしょう」


 私が居る部屋から壁ひとつ隔てて、町長のモーブの声が聞こえてくる。

 相対しているのは、私の元パーティメンバー、ブレイブたちだ。


 私が町長の家で歓待を受けている際に、ブレイブたちが討伐終了の報告をしにやってきた。

 私がいなくてもきちんと仕事をこなすところは、やっぱり勇者と呼ばれるほどはある。


 話に聞く限り、討伐できずに逃げられちゃったり、私が倒した魔獣の群れが間接的にブレイブたちの後始末だったりと、若干問題はあったみたいだ。

 でも! ちゃんと影でブレイブたちの仕事を手伝った私、偉い!!


 そんなことを貰ったカンロアメを口に含めながら、喜んで聞いていた。

 ところで、せっかくブレイブたちと再会できたのに、顔を出さないのは深いわけがある。


 今顔を出したら……多分、教会に連れ戻される。

 いや、多分じゃなくて、絶対かな。


 長い間を共にした――と言ってもまだ一年も経ってないけど――私にはブレイブたちの行動が、手に取るように分かるのだ。


「そんな姿で一人で出歩いたら危ないとか、教会にはきちんと言ってから出てきたのかとか、ぜーったい、お小言よね」


 そもそも今ブレイブたちは、幼女の姿になった私を連れて行けないという判断を既に下している。

 今さら強くなりました! なんて言っても、同行を許可してくれるとは考えにくい。


 だけど、ちょっと気になることがある。

 壁の板の隙間から除き見えるブレイブたちは、疲弊し、さらにたくさんの怪我をしていた。


 私が傍にいれば、すぐにでも治せるのに。

 しかし、さっき言ったように私の存在を知られる訳にはいかない。


「そうだ!!」


 私は良い案を思いつき、壁を何度か叩いた。

 ブレイブたちもその音に反応したが、モーブがそれを制し、席を外すと言ってから、こちらの部屋へ入ってきた。


「どうしました? 戦神様。何か御用でしょうか?」

「ええ。ちょっとこれから、大規模回復魔法を唱えるから、念の為伝えておこうと思ってね」


 私が言ったことの意味が上手く読み取れなかったらしく、モーブはキョトンとした顔で私を見返す。

 居るのよね。きちんと説明しないと理解できない人って。


 私は得意満面の笑顔になって、大規模回復魔法が何なのかを説明してあげることにした。

 えっへん。


「大規模回復魔法っていうのは、いーっぱいの人にちょっとずつ慈母神マーネス様の慈愛の力をあげられちゃう魔法よ!!」


 ドヤ顔を作り、言い放った私に、モーブは少し困った顔をしながら、質問を投げかけてくる。


「えーっと……つまり。戦神様が、広範囲にいる町人たちに、一斉に回復魔法を唱えられる、と、そういう訳ですかな?」

「うん。だから、そう言ったじゃない」


「戦神様は回復魔法もお使いになられるので?」

「あ! そうか。町長さんには言ってなかったけど、私、元々慈母神マーネス様の聖女だから!」


 胸を反らし自慢げに立つ私に、何故かモーブはどんどん困惑の色を強めていっている気がする。

 あ、これは私の言っていることを信用していない顔だ。


 そういうの、私、すーぐ分かっちゃうんだから。

 今までの何度もこういう表情をする人を見てきたのは、伊達じゃないんだからね。


「いいわ。とにかく! 今から使うから。実際に体験した方が手っ取り早いでしょう? それで。もし、隣のブレ……じゃなかった。勇者一行に何か聞かれたら、町の人のために私が使ったって説明してね。いい? ブ……じゃない! 勇者の為じゃなくて、町の人のためにだからね!」

「は、はぁ……左様で……」


 とりあえず、これで私がブレイブたちのために回復魔法を使うってことはバレないだろう。

 モーブにもブレイブたちと私が知り合いだってこともバレずに済んでるはずだ。


 これで心置き無く、ブレイブたちの怪我と疲労を取り除くことができるね!


「それじゃあ、行くわよ!!」


 私はその場で膝を折り、胸の位置で両手を組んで、慈母神マーネス様に祈りを捧げた。

 私の全身が光り輝き、そこを中心として円状に光が広がる。


「おお? なんじゃ、こりゃあ……とても温かい……」


 一番近くにいるモーブの身体を光が通り抜けると、疲れた顔付きだったモーブは気が満ちたような表情に変わる。

 今使った回復魔法は、大きな怪我は治癒できない代わりに、広範囲に治癒と強壮の効果を与える。


 小さな怪我たちどころに癒え、疲れた身体からは気力がみなぎってくるはずだ。


「これは、いいものですな!!」


 すっかり元気になったモーブが満面の笑みを浮かべて私に言う。


「町の人たちみんなにも行き渡ってるはずだから。祭りの疲れも吹っ飛んでるはずよ」

「ほう! 素晴らしい!! 戦神様は、お強いだけでなく、慈愛の力もお持ちだったとは!! 早速、町中の者たちに伝えなくては!! ははは!! 祭りはもっと盛り上がりますぞ!!」


 そう言いながら、モーブは部屋を飛び出してしまった。

 その後ろ姿に私は思わず叫ぶ。


「ちょっと!! ブレイブたちにちゃんと説明してから行ってよね!!」

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