第9話-ブレイブたちの話

 洞窟から再び陽の当たる外へと飛び出したブレイブたちは、息をつく暇もなく、ここに来る前に訪れた町ゲッティンゲンへと急いでいた。

 三人とも無数の擦り傷や切り傷、そして疲弊の色が顔に浮かぶ。


 満身創痍とまではいかないが、明らかに全力を出せる身体ではない。

 そんなブレイブたちが急いで町を目指していたのは訳があった。


 走りながら、ブレイブが心の叫びを口に出す。


「くそっ! 間に合ってくれ!!」


 それに呼応するように、息を切らしながら、ザードも声を漏らした。


「あの……町は……祭りの最中ですから……! 今魔獣に襲われたら……酷い被害に!!」

「あの野郎! 去り際に嫌な置き土産を残しやがって!!」


 ブレイブたちが洞窟で出会ったのは、今までの主とは格が違うと呼べるような魔族だった。

 悪戦苦闘の末、なんとか討伐、いや、相手の逃走までこぎ着けた。


 魔獣も魔族も、根城にする場所には一定の決まりを作っているようで、一度その場から逃げ出した根城に再び戻ることはない。

 討伐自体はできなかったが、町の近くから魔獣の脅威を退けるという意味では成功だった。


 ところが……


「洞窟の外に待機させてあった魔獣を町に向かわせるなんて!」


 ブレイブたちが主である魔族と相対した際、魔族は自分のことを多くは語らなかったが、ブレイブたちに強い興味を示した。

 そして、言い放った一言に、ブレイブたちは激怒する。


『お前たちが我の前に姿を現した報酬として、外に控えさせていた魔獣の群れに近くの町を襲わせた。防ぎたければ、できるだけ早く我を倒すのだな』


 その言葉が引き金となり、ブレイブたちと魔族の戦いが始まる。

 まだ余力をあるようにも見えたが、ブレイブたちは魔族に善戦していた。


 そして……


『ふむ……まさか。こんなことが起きるとは……我も今までのように遊んでいる場合では無くなったという事だな』


 そう言うと、突然魔族はその場から姿を消した。

 後に残されたブレイブたちは互いに目を合わせあい、そして一斉に出口へと急いだ。


 主を討伐すればその率いていた群れは統率を失う。

 しかし、主が逃げたとしても生き残っていれば、群れは群れのままだ。


 つまり、町へ向かったという魔獣の群れは、いまだに町を襲っているということ。

 魔獣の規模は全く分からないが、一般市民が魔獣に敵うことなど、まずない。


 ちょうど力自慢が多く集まっているようだが、それでもブレイブたちが急いで現場に駆けつけるに越したことはないだろう。

 こうしてできる限りの力を振り絞り、ブレイブたちが町に着いた頃には、三人とも息も絶え絶えだった。


 しかし、そこで町の中の異変に気が付く。

 異変と言っても、悪い意味ではなく、良い意味の異変だった。


 洞窟へ討伐に向かう前に、ゲッティンゲンの町に訪れた時も祭りの最中だった。

 今も明らかにお祭り騒ぎなのだが、その勢いが明らかに盛大になっていた。


 ほとんどの人が酒に酔い、多くの人が楽しそうに周囲の人と互いの友好を確認している。

 まるで何かめでたいことでもあったかのうだ。


 所々町の建物が崩れているところを見ると、魔獣の群れが襲ったというのは間違いなさそうだ。

 その魔獣の群れを上手く撃退できたから、こんなに陽気になっているのだろうか。


 そんなことをブレイブたちは思いながら、何が起きたか確認するため、酒の入っているであろう瓶を片手に持ったまま、ふらふらと歩く男に声をかけた。


「あの、ちょっと、いいかな? みんな、やけに陽気に楽しんでるようだが、何か良いことでもあったのか?」

「あん? なんだいにいちゃんがた! 知らないのかい!? そりゃあ、良いことも何も!! 戦神様が再来したんだよ!! これを祝わずにいられるかってんだ!!」


 男の返事を受け、ザードが割って入る。


「戦神様? 戦神様って、あの、戦神ガウスのことですか?」

「ああ! まぁ、今度の戦神様は、ガウス様と違ってそりゃあ可愛らしい女神様だけどよ!! 町を襲ったでっけぇ魔獣共をぶちのめしてる様子を見たら、ありゃあ俺も、戦神様が再来した! って思ったね!!」


 男の話を聞いているブレイブとザードに向かって、ファイが声をかける。


「おいおい! 見ろよ!! 確かその戦神が使っていたっていう破城槌は、あの広場の中央に刺さってたはずだよな!?」

「お? なんだ、にいちゃん。さては再来祭に参加するつもりだったのか? 残念だったな! 今言った通り、もう新しい戦神様が引っこ抜いちまったよ! 今まで誰も抜いたことの無い破城槌を、こう、すぽーんっとね!!」


 男は嬉しそうに瓶を口に当て、逆さにして喉を潤してから一息付く。

 そしてさらに話を続けた。


「いやぁ、小さな身体の何処にあんな力があるのか。ありゃあ、まさに神が宿ってるな」

「小さいって……その戦神様ってのは、あんたより小さいのか?」


 ブレイブたちが話しかけた男は、男の中では背の低い部類だった。

 見た目から年はかなり上だろうが、総じて背の高い三人たちなら、年頃には既に超えているような身長だ。


「俺より小さいかって? はっはっは。言ってくれるねぇ。まぁ、言いたいことは分かるけどよ。いいかい? 新しい戦神様は、俺なんかよりもずーっと小さい。それこそ幼女みたいにな」

「なんだって!?」


「それに、なんて言うか可愛らしいだぜ? ふわふわの髪とくりくりの大きな目がな。あんな姿みたら、誰も戦神様だなんて思わねぇよ」

「そ、その、戦神様の名前は? 名前はなんて言うんです?」


 ザードが慌てた様子で、男に問いただす。

 しかし男は顔を横に振った。


「それがなぁ。町長にも聞いたんだが、名前は教えてくれなかったそうだ。一言だけ、私を讃えるくらいなら、慈母神マーネスに祈りを捧げてくれってな」


 男は感慨深そうに一人頷く。

 それを聞いていたブレイブたちは、今日何度目か分からないが、互いに目を合わせた。


「おいおい……幼女でふわふわな髪、くりくりの大きな目って」

「それに慈母神マーネスを信仰してるって……」

「ば、馬鹿だなぁ! 二人とも。そんな容姿やマーネス神を信仰している幼女なんていくらでもいるだろ! 気のせいだよ、気のせい!! さ、さぁ! ひとまず討伐はできなかったがけど、報告を済ませて、次の討伐の準備をしよう!!」


 ブレイブたちは三人が三人とも、頭の中で一人の人物、つい最近まで一緒に戦っていたとある女性を思い浮かべていたが、その考えを否定するかのように、急ぎ足で報告へと向かった。

 町の中では、至る所で戦神の再来を祝う声が上がっていた。

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