第3話 悪役、そして開幕
「ふぅ……」
外に出て風を感じると、ここは平和なんだと改めて感じさせられる。最近は天気もいい。そろそろ雨が降ってもおかしくはないが、個人的には晴れてるほうが好きだから晴れててほしい。
「……んーっ!」
背伸びをすれば全身に日差しが当たる感じがして心地がいい。思わず眠くなっちまうくらいだ。
……ったくよぉ。こんなにのんびりとしてるのにそれを邪魔しようとするやつがいるとかなぁ。
「酷いじゃないか。なぁレーナ?」
「えっ!?………バレた?」
俺の後ろから気配を消して近づいて来てたのはレーナだ。多分だが、隙だらけに見えた俺を脅かそうとでもしてたんだろう。
「バレバレだっての…一応俺は師匠だぞ?」
「マジかー。今は多分わたしの方が強いからいけると思ったんだけどなー」
「そりゃそうかもしれないがな、なめすぎだっての。ずっとお前のこと見てきたんだぞ? やることなんてお見通しだっての」
「ちぇー」
つまんないのーと騒ぐレーナを見ながら、俺はふと思い出す。そういや今日……こいつなんか無かったっけ?
「レーナ。お前今日は休みだったか?」
「んー? 今日は休み………あ」
「おいどうした」
「………………」
急に顔色が真っ青になり始めた。なんだ、やっちまったのかこいつ……
「どどどどどうしよ師匠!」
「落ち着け! 何があった!」
「今日も依頼あったこと今思い出した!!」
「なら間に合う間に合わないの問題じゃなくてとりあえずギルドに……って、お?」
言い合いをしていると町の方面から人影が一つ見えた。あれは多分──
「レーナちゃーん!」
「あ、リアン!!」
やっぱしリアンちゃんか。ちょっと息が切れてる辺り、ここまで走ってきたらしい。
「はぁ、はぁ…結構、ここまで遠かった、です…」
「お疲れリアンちゃん。ほれ、水」
「あ、ありがとうございます。シオンさん」
リアンちゃんと俺はレーナを通して知り合った関係だ。俺から見りゃレーナと同じく娘みたいなものだ。向こうからは友達のお父さんって感じだろう。
「ねぇリアン、なんでこっちに?」
「レーナちゃんのことですから、今日のこと忘れてるんじゃないかって思いまして…」
「あー……あはは」
誤魔化そうとしてるレーナの頭をガシッと掴んで、俺はリアンちゃんに告げてやった。
「合ってるぞリアンちゃん。こいつさっきまですっかり忘れてやがったからな」
「あー師匠! それフツー言う!?」
「だってお前が悪いんだろ?」
「ぐっ…」
正論を突き付けられて黙ってしまうレーナ。そんなレーナを苦笑いしつつ見守るリアンちゃん。割とよく見る光景ではあるやつだ。
「さて、こうやってじゃれるのもいいが、やるべきことはやらないとな?」
「あ、そうだった! ねぇリアン、まだ間に合うかな…?」
「はい、なんとかまだ間に合いますよ。今から行けば、ですが……」
「わかった!!」
レーナがめちゃくちゃ急いで準備をし、そのままリアンちゃんの手を引いて家から出ていった。
「いってきまぁぁぁす!!」
「あ、ちょ、レーナちゃん! 引っ張らないでくださぁぁぁい!」
「おー、いってらっしゃい。レーナをよろしくなーリアンちゃーん」
まるで嵐みたいだったな……あんまり物は散らかってはいないが。まったく……あいつも今は結構いい立場にいるのになぁ? 依頼を忘れるだなんてよぉ……
「はぁ………さて、そろそろか」
……時期的にも今のうちにやっておいたほうがいいだろう。俺の計画のために、これから大切なことをやらなくてはいけない。
「……すまない」
何度目かわからないほどの謝罪の言葉を祈るように捧げ、俺は自室へと向かう。こうすることしかできない俺を……許してくれなくてもいい。どうか、恨んでくれ……
───────────────────────
「今日はほんっっとにごめんねリアン! あとで何か奢るから!」
「い、いえいえ大丈夫ですよ。何回もあってもう慣れましたから……」
「うぐっ……」
今日の依頼をかんっぺきにこなして、ギルドへと戻っているときに改めてリアンに謝罪をするが、割と厳しい答えが返ってきてしまった。
リアンとわたしは、ギルドで仲良くなってからというものの、ずっと同じパーティーにいる。師匠とも顔見知りで、ある意味もう家族の領域に達てしている気がする。
リアンにそのつもりはきっとないはずだけど、こうやってたまに遠慮しないような発言をわたしにしてくる。え、これそのつもりないよね……ないよね……?
「かっかっか! レーナ嬢ちゃんはリアン嬢ちゃんに頭が上がらんようだな!」
「ルーヴェさんうるさい! まぁそのとおりなんだけどさ!!」
女の子の中に一人おじさんが入ってるって言う異色な感じだけど、実はこのルーヴェさんがわたしたちについてこれる町唯一の人なんだよね。
主にわたしたちは厄介視されてる魔物の討伐、取得難易度の比較的高めな薬草などを採取する系の依頼をこなしている。特に討伐系はわたしたちに依頼がくる。
その理由として、割とわたしたちの町って他のところと比べても凄く平和なんだよね。逆に平和すぎるっていうのかな。それのせいで殆ど武術をしてないの。
護身術とかならかじってるような人もいるんだけど、それじゃあホンットにごく稀に出てくる魔物にも対応できないみたいで。
そんな時に、偶然にも戦闘がちゃんとできるわたし、ルーヴェさん、リアンがなんとかしてるって感じかな。ルーヴェさんはわかんないけど、わたしは師匠から剣術を、リアンは昔冒険者だったリアンのお婆ちゃんから魔法の使い方を教えてもらったんだって。
端から見れば変だけどちゃんとした理由があるわたしたちのパーティーってわけ。まぁ、暫く魔物討伐なんてやってないんだけどね。
「そろそろ、ギルドにつく頃ですね……」
「そうだな。まだ日は出てはいるがな」
「いいじゃん! 早くこなせるっていうのはいいことだよ!」
採取してきた薬草が入った籠を三つそれぞれ三人で背負いながらゆったりと帰還していくわたしたち。だが、次の瞬間────わたしは妙なものを感じ、その場に止まった。
「……なんか、空気悪い」
「こ、これは……」
「確かに……嫌な予感がプンプンすらぁ」
感覚としては魔物討伐するときのものに近い。けどどこか全然違うところもある。
二人も感じ取ったみたいで、全員であたりを見回し索敵を行う。
「……多分、ここからじゃない」
「ということはこの先……町?!」
「こうしちゃいられねぇ!」
一旦薬草をその場に置いてダッシュで町へと向かっていく。見えてきたのは、いつもののどかで暖かくて平和そうに皆が暮らしているあの町──────ではなく、建物が多数壊され、恐怖の叫び声が響いている絶望の町であった。
「……なに、これ」
目を疑ってしまう。悪い夢であってほしいと何度も思う。でも……現実だった。
わたしたちが依頼にいく時はあんなに平和だったのに、あんなに素敵だったのに……なんで、こんなことに……
『ハッ、ようやく来たかァ』
一人の男の声。顔を向けると見知らぬ何かがいた。人型で、黒と赤の変なボディ。顔はマスクで覆われていて見えない。確実に人間じゃあないことだけははっきりわかる。
「……あんた、誰だ?」
『おいおい、人に名を聞くときはまず自分からって知らねぇのかァ? ま、答えてやるよォ……』
やれやれ……と、こちらを小馬鹿にしたような態度を見せつけるそいつ。首を左右にゴキッと鳴らしてから、そいつは答えた。
『俺の名前は「マルム」。昔の言葉で「悪」って意味さァ。よろしく頼むぜェ?』
『マルム』……『マルム』。心に刻んだ。こいつは、敵だ。
「……お前? この町をこんなにしたの」
『ご名答ォ! よく分かってるじゃないかァ。ちゃんっと当てられた褒美に、もう一つだけ質問に答えてやろうじゃないかァ』
「じゃあ、なんでこんなことしたのさ?」
『……クッハッハハハ!! なんで、ねェ……?』
何が面白いのか、めちゃくちゃ高らかに、楽しそうに笑っている。その間にわたしもリアンもルーヴェも、戦闘準備を完了させたようだ。
だがマルムも余裕そうな態度を崩すことなく、おそらくニヤついている顔を向けてきてさらに続ける。
『簡単さァ……お前らを引き出すためだァ。ここにはお前ら以外まともに戦えるやつがいねぇからねェ』
「「「!」」」
わたしたち狙い……何故? いやいやダメだ。今はそんなこと考えちゃいけない……!!
『質問はもういいかいィ? いい加減面倒になってきててなァ』
「……そうだね。わたしたちももう聞きたいことなんてないし、お前の声も聞きたくないよ……リアン!! ルーヴェさん!! いい!!?」
「は、はい!」
「しゃっ! いっちょやってやるか!!」
わたしが剣を抜き、先陣を切る。これから何度も対峙することになる因縁の『マルム』との初戦闘の幕が切って落とされるのだった。
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