第2話 日常、そして罪悪感

 ──雲一つない青空。澄んだ空気。爽やかな風。

 非常落ち着きのあるこの地だが、人通りは殆どなく、いわゆる隠れた名所という感じのところだ。


 その地にひっそりと木造の建物が一軒あった。人の暖かさがあり、どこか親しみやすさもある……そんな建物が。


 今日もそこでいつものようにのんびりとした1日が始まり、そして終わっていくのだろう。

 そんなことを思いながら、俺は朝の爽やかな日差しを浴びつつ目覚めの一杯を淹れる。


 やはり、朝といえばコーヒーだ。この純正の黒に少しだけ砂糖を加えて飲むのが一番美味しい。だがまず、飲む前にこの香りも楽しんでおく。


 匂いが全身を駆け巡り、今か今かとこの闇を身体が待っている。その勢いに任せ、この深淵の黒を口に含む。あぁ、これこそ求めてた────









「おぇっ! しょっぱ! なにこれしょっぱ!! 不味ィ!!」








 ……砂糖と塩を間違えたか? 塩とかは貴重なのに使っちまうとかついてないなぁおい……。


 おおっと、どうもどうも。俺はシオン。年は……色々含めて50代ってところだな。見た目はまだ若いと信じたいのだがね。

 そして人里からすこーしだけ離れたこの地で暮らしているって感じだな。


 たまに町とかに仕事に出たりして細々と生きている。この辺は魔物がこないから比較的安全なんだがな。



「師匠ー! 朝ご飯くーださーい!!」



 奥の部屋から出てきた女はレーナ。この家に住み着いているやつだ。


「はいはい、少し待ちなさいよ。まだ日登ったばっかだぞ?」

「だってお腹空いたんだし……あ、今日はお仕事あるから多目で!」

「毎日じゃんかよ。ま、もう出来てるんだがね」

「さっすが師匠♪」


 用意した飯を物凄い勢いでバクバク食べていくレーナ。こいつ……女らしくないんだよなぁ。まぁ15歳で食べ盛りということもあるんだろうが…………にしては食いすぎだと思う。


 しかもこいつ、料理がまっっっったく出来ねぇ。さっき砂糖と塩を間違えた俺が言えるそとじゃないかもだが、こいつの料理はマジでヤバい。


 こんなんで貰い手は見つかるんだろうかねぇ……。


「あ、ほうへほっほふふはひいひほほははは」

「待て待て待て。口の中のもの全部飲み込んでから話しなさい。ほれ水」

「はひはほ………んっ、ぷはぁ! 今日の夜ご飯は豪勢にしてね!」

「どうしてそうなった」


 多分だが、将来もこの大食い癖は治らないだろう。もしこれが治ればきっといい女になるはずだ。


「ふぅ、おいしかったぁ」

「そりゃよかった。俺の分まで食いよってなぁ?」

「あ…………えへへ♪」

「おいこら」

「それじゃ行ってきまーす!!」

「あ、待てこのバカ!……ったく」


 レーナはウサギのようにピューっと家を飛び出して行った。


「……いってらっしゃい」


 レーナの行ってしまった扉を見ながらボソッと呟く。無事に帰ってこい、という願いを込めて。



 レーナは一年ほど前にうちの近くで倒れているのを俺が見つけ保護した娘だ。ここがどこかも自分の家がどこかも親が誰かも、更に自分のことさえ覚えていない所謂記憶喪失でもあった。


 魔物が蔓延るこの世の中だ。女でも自衛ぐらいは出来なきゃ不味いだろうということで、俺はあいつに軽く剣の指導をしてやった。その流れであいつは俺のことを師匠と呼び始めたわけだ。


 レーナは剣の才能がエグいほどあった。軽く教えただけでそこらの魔物程度なら余裕で狩れる実力をすぐ手に入れた。しかもそういう生活をし続けたせいかわからんが、なんか異常な体力をも身についてた。


 それを生かすためか、ある日にレーナは自分から冒険者ギルドというものに属したいと言い始めた。


 ギルドに属すれば、魔物退治をも含んだ色んな依頼受けることができ、それをこなすことでお金が貰うことができる。


 レーナ曰く、少しずつ恩返しをしていきたいとのことだ。


 はぁ……とてもいい子だよなぁ……












「……ま、全部俺がやったんだけどな」





 これを知ればレーナは怒るだろう。俺に対して憎悪を覚えるだろう。──俺はいつかこれをレーナに告げるつもりだ。だが、まだ早い。


 レーナは3年後、勇者の称号を授かり魔王退治の旅に出る。そして丁度その時期は……俺は魔王として完全な力を持った状態、すなわち完全態になる。


 転生としか説明できないアレから早7年。もう、そんなに経ったのか。


 まぁだが、計画は順調に進んでいる。寧ろ、上手く行きすぎて怖いくらいだ。


 それまでは、俺はあいつの父親でいよう。それがあいつへの……償いだから。


「……すまない」


 許してくれとは言わない。許してほしいとも思わない。レーナ、せめて……せめて俺を憎んでくれよ……。













 ─────────────────────














「ちぇー、あんなに怒らなくてもいいじゃんか師匠めー」


 わたしはレーナ! 一年くらい前に師匠に拾われて流れでそのまま一緒に住んでるピチピチの15歳!


 あ、ピチピチはちと痛いかな。やめとこ。


「……『レーナ』、かぁ」


 このレーナという名前は師匠がくれたわたしの名前。響きもかわいいし割と気に入ってる名前だ。


 師匠は名前だけじゃなくて、この世の中で生きる術をわたしに沢山教えてくれた。剣術、魔物の倒し方、料理……料理は何故か出来なかったんだけども、とにかく恩人なんだ。


 わたしにとって師匠ってなんだろう……父親? うーん、似てるけどなんか違う。だからといって恋人とかは絶対無いし……やっぱり師匠は師匠だ。


「おっじゃまっしまーす!」

「お、レーナ嬢ちゃん。やっときたかー」

「えー、これでも急いでたんですけどー!」


 ギルドに到着したわたしを待ってたのは、今日一緒にその仕事に行ってくれる人のうちの一人のルーヴェっていうおじさん。私がギルドに属したときからの知り合いで、実力もあってかなり顔の広い人だ。ちなみに戦士らしい。


「だ、大丈夫ですよレーナちゃん。私も今きたところですから……」

「そーお? ありがとリアン」


 もう一人はリアン。ギルドで初めて出来た同年代の友達で、なんと魔法使い。わたしは魔法とか使えないから、それが使えるってことは凄いことなんだと思うんだけど、なぜかいつも自信無さげ。


 もっと胸をはってもいいと思うけど……いや、胸はってもらったら困る。今のままでも結構あるのに、更に強調されたらわたしの立場っていうかそういうのが……ね。


「んじゃ、そろそろ行こっか!」

「は、はい!」

「おう!」


















「つっかれたぁ…………なんか微妙に強かったし……まぁ依頼達成できたけども。お腹すいたぁ……」




 疲労感が半端なく感じられる姿勢で家を目指すレーナ。



 彼女はまだ知らない。もうすぐ、物語が急激に進み出すことを。


 そしてもう、それは止めることは出来ないのだ、ということを。





「ただいまー!!」

「お、レーナ! おかえり!」





 ──続く。

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