No.217:1年後


 俺の変な逆プロポーズから、1年経過した。

 そして……タキシード姿の俺の目の前には、純白のウェディングドレスを身にまとった世界一綺麗で可愛い妖精が立っていた。


 ここはハワイ・ワイキキのアナモ・サーフライダーホテル内のチャペル。

 祭壇の上で俺達の前に立っている牧師さんの向こうには、手入れが行き届いた芝生の中庭とハワイの青い海が広がっている。


 マーメイドラインのウェディングドレス姿の明日菜ちゃんは、誰がなんと言おうと世界一の美しさだ。

 緊張気味にはにかんで俺のことを見上げてくる明日菜ちゃんを、式の最中だというのに俺は思わず抱きしめたくなる。


 式は滞りなく進んだ。

 誓いの言葉、指輪の交換、そして誓いのキス。

 退場するために振り返ると、そこには6人の笑顔が待っていた。


 タキシード姿の誠治は、今やすっかりイケメン社長だ。

 隣の綾音は、なぜかポロポロと泣いている。

 目を赤くしているエリちゃんと隣の海斗は、今ではもう立派なカップルだ。

 そして弥生ちゃんと隣の小春ちゃんも、満面の笑みを浮かべて俺たちのことをお祝いしてくれていた。

  

      ◆◆◆


 俺は南野家の婿養子となることを承諾したあと、話は驚くほどトントン拍子に進んでいった。


 社長も晴香さんも、心から喜んでくれたようだった。

 3ヶ月後には社長、晴香さん、明日菜ちゃんの3人が俺の実家に来てくれて、大広間で結納を交わした。

 その時に結納金という名目で小切手を持参してくれたのだが……これが俺が返済中の奨学金を遥かに凌ぐ金額だった。

 これにはさすがに俺たち家族は全員焦ったのだが……


「養子に来て頂くんだから、結婚に関する費用は基本的に全てうちの方で負担させてほしい」 


 社長がそう言ってくれたので、俺たちはその言葉に甘えることにした。


 俺は明日菜ちゃんと、結婚式について話し合った。

 明日菜ちゃんは「二人で海外ウェディングとか、憧れます」と言っていた。

 俺は特に場所にはこだわりはなかったが……できれば大学の仲間たちには式に参加してもらって、お祝いして欲しいなと思った。


「それじゃあ海外ウェディングで、皆に来てもらったらどうでしょうか?」


「いやそれができればいいけど……皆働いてるんだから、まとまって休みが取れる時期じゃないと難しいでしょ? 年末とかゴールデンウィークとかお盆とか。来てもらうにしてもピークシーズンだから、ものすごく費用がかかっちゃうよ」


「あ、そうか……そうですよね……」


 さすがにそれは、難しいだろう。

 諦めかけていた俺たちを、社長がいとも簡単に助け舟を出してくれた。


「それだったら全員招待すればいいじゃないか。費用は全員分うちで負担するよ。ハワイのアナモ・サーフライダーホテルとかどうだい? ワイキキで歴史のある素敵なホテルで、ホテル内にチャペルもある。あそこの支配人は個人的に付き合いがあるから、ちょっと頼んでみようか?」


 レストランで食事を予約するようなノリで、社長はそう言ってくれた。

 俺はさすがにそれは遠慮しようとしたが、明日菜ちゃんが「ここは甘えましょう」と言ってくれた。


 そしてあっという間に俺と明日菜ちゃん、誠治と綾音、海斗にエリちゃん、弥生ちゃんと小春ちゃんの8人分のハワイ往復航空券とアナモ・サーフライダーホテルの宿泊予約を入れてくれたのだ。

 小春ちゃんもイタリアからの参加してくれることになった。

 

 しかもお盆休みというハイシーズン……一体いくらお金がかかったんだろう。

 想像すると少し怖くなった。

 しかし一生に一度のことなので、ここは社長に甘えることにした。


 社長から出された結婚に関するお願いは、たった一つだった。


「仕事関係の人たちに二人の結婚を披露したいので、披露宴はやってもらいたい。もちろん費用は全てうちの方で負担するよ」


 どうやら俺が南野家の婿養子になることを、対外的に発表する場を設けたいということらしい。

 来月都内のホテルで、150名規模の披露宴を行う予定でいる。

 もちろんこの6人にも、参加してもらう予定だ。


 南野家からの経済的援助は、これだけではない。

 俺は明日菜ちゃんと、結婚後の新居について考えていた。

 当然学生の時から住んでいた俺のアパートでは狭すぎる。


 いろいろと悩んでいたある日、晴香さんが「ちょっと見せたいところがあるんだけど」と俺と明日菜ちゃんを連れ出した。

 連れて行かれたところは、明日菜ちゃんの家とJR荻窪駅との中間地点。

 どちらも徒歩5分の距離だ。


「このマンションなんだけどね」


 目の前の小洒落たマンションを指差して、晴香さんがそう言った。


「ここなら通勤にも便利でしょ?」


「え? それはそうですけど……家賃とか高いんじゃないですか?」


「家賃はかからないわよ。うちの持ち物だから」


「はい?」


 話を聞くと、南野家の資産管理会社がこの部屋を所有しているということらしい。


「とりあえず中を見てみない?」


 そう言われて洒落たエントランスにカードキーをかざして中へ入って行く晴香さんに、俺たちはついていった。

 エレベーターで5階まで上がると、南東の角部屋のドアを鍵で開けた。


 広くて素敵なリビング。

 日当たりもよく、基本的な家具も、備わっている。

 間取りは3LDKで、新婚家庭には広すぎる。


「ここはうちに来られるお客さんの人数が多い時、泊まって頂くために用意していた部屋なのね。でも最近使ってないし、二人の新居にはちょうどいいかなって」


「いや、広すぎるくらいですよ。でも家賃は……本当にいいんですか?」


「いいのいいの。でも管理費とか修繕積立金とか、あと駐車場は自分たちで払ってもらおうかな? それぐらいだったら負担にならないと思うけど」


 聞いてみると、全部含めても俺が住んでいたアパートの家賃より安い。

 俺が遠慮していると「どうせ使ってないんだから、遠慮しないで」と晴香さんは言ってくれた。

 俺と明日菜ちゃんは、ここでもお言葉に甘えることにした。


 俺と明日菜ちゃんは、もうそのマンションへ既に引っ越し済みだ。

 築10年以上経っているが、とても手入れが行き届いている。

 荻窪駅から徒歩5分なので、通勤も楽だ。

 そしてマンションの駐車場にあるピカピカの国産小型車は、晴香さんと社長からの結婚祝いだった。


 因みに明日菜ちゃんは、当面は今まで通り働く予定だ。

「子供ができるまでは、働きたいです」という明日菜ちゃんの考えを、俺も尊重したいと思っている。


 俺は南野家は代々会社社長なので裕福な家庭なんだとばかり思っていたが、大きな勘違いだった。

 よくよく話を聞くと、元々南野家は荻窪界隈の土地を所有する大地主だったらしい。

 

「それに終戦直後、僕の祖父が辺りの土地をさらに買い増ししたらしいんだ。まあ今では大きな声では言えないような、戦後のドサクサに紛れたやり方もしていたみたいなんだけどね」


 荻窪周辺だけでなく、八王子方面の山もいくつか購入したらしい。

 驚いたのがうちの会社の広大な八王子の倉庫は、実はその土地が南野家の資産管理会社所有のものだった。

 そしてうちの会社は毎月、土地の賃料をその資産管理会社に支払っているわけだ。


 その資産管理会社所有の不動産はこれだけではない。

 分かっているだけでも、定期借地権付マンションの土地を5ヶ所以上。

 駐車場は10ヶ所以上。

 それらの物件から、定期的な賃貸料収入があるとのことだ。

 ちなみに俺たちが引っ越した荻窪のマンションも、土地はその資産管理会社の所有だというから驚きだ。


 社長がこっそり教えてくれたが、その資産管理会社からの報酬はフューチャーインポート社の社長としての収入の数倍ということらしい。


「だから僕は会社の給料は高くなくても全然いいんだ。その分社員に還元したほうが、よっぽどいいからね」


 社長はそう言って笑っていたが、その分税金の負担が大変らしい。

 実際南野家は社長の祖父の代から2回相続を通して、資産は半分程度になってしまったとのことだ。

 日本の相続税は本当に怖いよ、と社長はうんざりした表情で言っていた。

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