No.216:家族会議


 それからまたしばらく4人で話をしていたが、遅い時間になってきたため失礼することにした。

 挨拶をしたあと、明日菜ちゃんと一緒に玄関から門扉のところまで出てきた。


「なんだかすいませんでした。私はちょっと反対だったんですけど、お父さんが『話すのであれば、早いほうがいい』って聞かなくって」


「ああ……俺もちょっとびっくりしたけど、でも明日菜ちゃんの家の事情を考えれば、俺も気が付かないといけないことだった。ちょっと反省してるよ」


「瑛太さん……本当に無理をしないでくださいね。イヤならそれでいいんですよ。私は瑛太さんと一緒にいられれば、それでいいんです」


「ありがとう、明日菜ちゃん」


 俺はそう言ったが、明日菜ちゃんはまだ不安そうな表情を浮かべている。


「明日菜ちゃんはさ、実際どう思う? 俺がその……養子に来ても、気分的にどう?」


「私はいままでそんなことは全然考えたこともなかったんですよ。もちろん来てもらえれば、うちの家族は全員歓迎です。ただ……瑛太さんの精神的な負担が大きいような気がするんです」


 明日菜ちゃんの表情は、まだ晴れなかった。


「だから何度でも言いますね。とにかく私は、瑛太さんの意思を尊重します。ですから瑛太さんの思ったとおりにして下さい。それが私の望みです」


「……わかった。ありがとう、明日菜ちゃん」


 明日菜ちゃんは、どこまでも俺の意思を尊重してくれる気でいるらしい。

 俺はそれが嬉しかった。

 俺は彼女をそっと抱きしめた。

 家の玄関前だったが、気にならなかった。

 明日菜ちゃんも、俺の背中に手を回して抱き返してきた。


「今日は小春がいませんね」


「ははっ、そうだね。小春ちゃん、元気にしているの?」


「はい。なんだか現地のいろんな男の人に言い寄られているみたいですよ」


 俺たちは抱き合ったまま二言三言、言葉をかわした。

 そしてゆっくりと身体を離した。

 おやすみのキスをして、俺は明日菜ちゃんの家を後にした。


 俺は早速翌週末、長野に帰省した。

 家族会議を開いて、俺の養子の件を話した。

 両親も兄も、とにかくびっくりしていた。


「で、瑛太はどうしたいんだよ?」

 俺の話が一通り終わると、兄が訊いてきた。


「俺は……明日菜ちゃんと一緒にいられるなら、別に名字が変わろうが変わるまいが気にしないし、社長の家の事情も理解できるし。ただ……将来の社長候補ってことになると、正直自信がないよ」


 俺は正直にそう話した。

 親父は腕組みをしながら、俺の話をずっと聞いていたが……


「瑛太、とりあえずうちの事は気にする必要はないからな。瑛太は次男だし、うちには一応孝太郎もいるし」


「一応ってなんだよ」

 兄貴は不満そうだ。


「それに……それだけ望まれてるっていうのは、ありがたいことなんじゃないか? 相手が娘の結婚相手っていうことだけじゃない。きっと会社での評判がよかったりとか、社長のお眼鏡にかなったということなんだろう。瑛太の会社、2-3年以内に上場するんだろう? そんな会社のトップ候補になれるわけだ。サラリーマンとしては夢があるんじゃないか?」


 親父の言うとおり、フューチャーインポートは2-3年後に東証2部への上場を予定している。

 本来のスケジュールより少し遅れているが、自社ブランドの家具生産の方に時間を取られてしまっているからだ。


「ああ、それは俺も思ったよ。チャンスでもあるのかなって。でも逆に、プレッシャーも半端ないんだよ」


「それはあまり考えなくていいんじゃないか? 社長としてふさわしいかどうかを決めるのは、瑛太じゃないんだ。やるだけのことをやってダメなら仕方ない。その辺は普通のサラリーマンと考え方は同じでいいと思うがな」


 親父はさらに続ける。


「トップとしてのプレッシャーもあるが、トップにしかできないこともある。人生でそんな機会に恵まれることは、なかなか無いことだと思うぞ」


 親父は社長ではないが、一つの支店の長である。

 その言葉には、説得力があった。


「いいんじゃねーか? 望まれているんだったら、やってみろよ」

 兄貴も賛成のようだ。


「ああ……そうだな。引き受けてベストを尽くすのが、礼儀のような気がしてきたよ」


 俺の腹はすんなり決まった。

 望まれていること、望んでいることにベストを尽くす。

 将来の心配事は、将来考えることにしよう。


 日曜日の夕方、長野から西荻窪に戻った。

 連絡をすると、明日菜ちゃんが俺のアパートの来てくれた。

 家族会議の結果を話しても、明日菜ちゃんは心配そうな表情だった。


「本当に瑛太さんのご両親は、納得して頂いたんでしょうか」


「ああ、それは大丈夫だよ。うちには兄貴もいるし」


「瑛太さん……名字が変わってしまうんですよ?」


「それは別に問題ないよ。そんなこと言ったら、普通に結婚したら明日菜ちゃんの名字が変わるんだよ?」


「へっ? あ、そうですね。そうでした」

 明日菜ちゃんは、柔らかく笑った。



 俺は改めて、明日菜ちゃんへ向き直る。



「明日菜ちゃん。俺をお婿さんにしてくれるかい?」


「えっ? な、何ですかそれ……ふふっ、可笑しいですね、それ。ははっ……あははは」


 

 俺の変なプロポーズに……いや、この場合逆プロポーズなのか?

 明日菜ちゃんは笑いだしてしまった。


「もう……私はなんて答えればいいんですかね。『絶対に私が瑛太さんを幸せにします』って言えばいいですか?」


「それも逆だね」


「ふふっ、そうですね」


 二人とも笑った。

 俺は彼女を抱き寄せた。


「明日菜ちゃん。二人で幸せになろう」


「はいっ」


 形なんて、どうだっていい。

 俺の側には、いつも明日菜ちゃんがいる。

 たったそれだけで、俺は幸せなんだ。

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