No.211:全国展開
それから綾音のお父さんからは、ビジネスを法人化するので社名を考えろと言われていた。
「綾音フードサービス!」
オレは開口一番、そう言った。
「い、いやよ! そんなの、恥ずかしい」
即否定の綾音だった。
いろいろ話をしても、なかなか良い社名が浮かばなかったのだが……。
「それじゃあさ、エイエス・フードサービスっていうのはどう?」
「エイエス……AとSか。それ、いいな! それにしようぜ!」
「うん!」
社名は株式会社エイエス・フードサービス。
オレと綾音のイニシャルを冠した社名になった。
エイエス・フードサービスの株主は、綾音のお父さん、黒川広一氏が51%、オレと綾音がそれぞれ24.5%の出資割合となった。
オレと綾音はもちろん金がないので、形式上綾音のお父さんから借りたお金を出資する形をとった。
その後資金が必要な都度、同じ出資割合で増資していくそうだ。
そして、オレが代表取締役社長。
綾音が代表取締役副社長。
綾音のお父さんが、代表取締役会長。
3人の共同代表制となった。
「オ、オレが社長ですか?」
「他に誰がおる。ただワシが株の半分以上を持つわけじゃから、重要事項の決定は必ずワシの承認が必要じゃ。まあそれでも、好きにやってみるがいい」
そう言って会長は、豪快に笑い飛ばした。
エイエス・フードサービスの本社所在地は札幌になった。
会長の会社の一部を間借りして、事務の担当者を数名新規で雇い入れたようだった。
会長の仕事は異常なほど早かった。
年があけて2ヶ月ほどで、札幌、名古屋、大阪の3ヶ所の新店舗がほとんど出来上がっていた。
いずれも潰れたラーメン店の居抜き店舗である。
オレと綾音は新店舗オープンのため、人材確保と技術指導に明け暮れた。
札幌・名古屋・大阪に何度も出張した。
どこへ行くにも、綾音と一緒だ。
忙しいが、時間ができると二人でいろんなところへ観光へも行った。
同じように、博多、横浜の店舗も急ピッチで内装工事が進んでいた。
東京の都心に探していた店舗は、高田馬場に出店することになった。
気がつけば年明けから半年後。
全国6ヶ所の新店舗は、全てオープンにこぎつけていた。
三鷹の1号店のような長蛇の列はできなかったが、全ての店舗は計画以上の売上を叩き出している。
やはり「アジアの麺料理」というジャンルが目新しいことと、日本人向けの味のアレンジが人気を博しているようだった。
そしてなんとこのオレが、その外食チェーンの社長だ。
いまだに実感がわかないが……。
「よし。誠治君、ここまでよくやってくれた。ここからはフランチャイズを募集するぞ。全国展開を一気に加速するんじゃ」
会長はとてもご満悦だった。
「ありがとうございます。オレもここまでできるなんて、思ってもみませんでした。ところで会長……フランチャイズの件ですが、ひとつオレにアイディアがあるんですけど……」
「なんじゃ? 聞かせてくれ」
オレはずっと思っていたことを、会長に提案してみることにした。
「フランチャイズになってもらった加盟店から払ってもらうロイヤリティーを、タダにしませんか?」
「なんじゃと? お前さん、何を言っておる! ボランティアでも始めるつもりか?」
「会長、まあ聞いて下さい。」
オレは会長に説明を始める。
通常本部とフランチャイズ契約を結んだ加盟店は、本部から看板の使用許可と経営ノウハウを伝授・指導してもらう。
うちの会社でいうと、加盟店はアジアン・ヌードルハウスの名前で店を出すことができ、レシピや経営に関する指導を本部から受けることができる。
そしてその見返りに売上の数%、あるいは粗利の数%といった割合で本部へロイヤリティーを支払う必要がある。
そしてこのロイヤリティー自体が、加盟店の経営を圧迫するケースがとても多い。
コンビニ業界でも、この加盟店が負担するロイヤリティーがたびたび問題になっている。
このロイヤリティーを無料にすれば、当然加盟店は絶対に喜ぶだろう。
ただし、それでは本部は旨味がない。
そこで加盟店には、麺やスープ・調味料などの食材を本部から必ず購入することを義務づけるようにする。
その食材販売で、本部の利益を確保するという方法だ。
オレは全国の店舗に技術指導をして、常に心配だったことがある。
それは店舗によって、味や料理の質にバラつきが出るかもしれないことだ。
もちろんレシピを統一して、そのレシピを守ることを徹底してもらっている。
ただちょっとした加減で、スープの味が大きく変わってしまうこともあり得るのだ。
そこで麺やスープ・調味料などの重要な食材は本部で一括して生産して店舗へ送り届け、それを料理して提供すれば一定の料理の品質が確保できる。
もちろんメリットだけではない。
本部の方では、食材を作る工場の設備投資が必要だ。
おそらく相当な金額の投資になるだろう。
加盟店サイドも、食材の仕入れコストが上昇することになる。
しかしその分仕込みの時間を大幅に削減でき、おそらく人件費も一人分はカットできる。
そうすると固定費がカットできる分、損益分岐点はそれほどかわらないだろう。
それに店主の労働時間を減らすことができ、プライベートな時間も確保できる。
おそらく本部も加盟店も、お互いWin-Winの関係になるはずだ。
「それに新しいメニューを開発するときも、本部で開発して工場で作ってから、レシピと一緒に加盟店へ送るだけで済みますし、味のバラつきも防ぐことができます」
「なるほど……その発想は面白いな。ちょっと検討してみるか……工場への投資額がどれくらいになるかじゃな。潰れそうな製麺会社を買収できれば一番早いんじゃが……ワシの方でちょっと調べてみよう」
「本当ですか? よろしくお願いします!」
オレは会長に、深く頭を下げた。
もしオレのアイディアを取り入れてもらえれば、フランチャイズの出店は加速する。
オレにはその確信があった。
会長には食材工場に投資する資金を負担してもらうことになるが、長期的には回収できるはずだ。
まだ三鷹の1号店をオープンさせてから、1年も経っていない。
このビジネスの展開スピードに、オレ自身も驚きの毎日だった。
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