No.210:さらなる展開
スタートダッシュだけで終わるのではないか。
そんな心配は杞憂だった。
次の週も、そのまた次の週も、お客さんは途切れることなく来てくれた。
連日大盛況だった。
エリちゃんが連れてきてくれたインフルエンサーの女性が、お店のファンになってくれて頻繁に通ってくれたのも大きい。
彼女が来てくれると、必ず店の料理の写真と感想をアップしてくれる。
それだけでも人気の投稿なのだが、一度綾音との2ショット写真をアップさせたことがあって、これがバズった。
「この店員さん、めっちゃ美人。今週末、絶対に行く」
「メシウマで店員美人とか……この店最強かよ」
ネット上で、食べ物以外のところでも盛り上がっていた。
オレはちょっと複雑な心境だったが、「いいじゃない。それでお客さんが来てくれるんだったら」と綾音は全く気にかけていなかった。
アジアン・ヌードルハウスは絶好調のまま、年末を迎えようとしていた。
売上は当初計画対比で2倍から2.5倍で推移している。
オレは相変わらず厨房から離れられない日が大半だが、綾音は休憩時間を取れるような体制も組めてきている。
俺も綾音も、この嬉しい誤算にとても満足していた。
ところが……このレベルの成功では、まだ満足できない人物が一人いた。
「凄いじゃないか、誠治君。それなりに上手くいくじゃろうぐらいに思っておったが、ここまで繁盛するとはワシにも想像すらできなかったぞ」
綾音のお父さん、黒川広一氏が年末に北海道から店に訪ねてきてくれた。
オープンして2週間目に一度店を見に来てくれて、その繁盛ぶりに驚いていた。
「ありがとうございます。皆が協力してくれたおかげなんです」
「いやいや、それも含めてのこの成功じゃ。誠治君には仲間が助けてくれるような人望があったということじゃろう。全く……綾音まで親に内緒で、会社を辞めよったからな」
そう言われて、綾音はちょっとバツが悪そうな顔をした。
「ところで誠治君。今日はちょっと頼みがあって来たんじゃ。店の料理のレシピとかは、書面化されとるのか?」
「えっ? あ、はい。レシピは全部書面化とデータ化してあります。万が一俺がまた倒れても、なんとか店を続けられるようにしておかないといけないので」
「うむ、良い心がけじゃ。それであれば、誠治君……早速じゃが、誠治君に代わる店長を今すぐ雇ってくれるか? それと綾音に代わる調理担当者もじゃ」
「はい?」「へっ?」
俺も綾音も言われていることの意味が、理解できなかった。
そんなこと、できるわけがない。
そんなことをしたら……
「ちょ、ちょっと待って下さい。そんなことをしたら、俺の給料分がその新しい店長の給料になってしまいますよね? そうなったらお借りしている借金の返済ができなくなります」
「そんなものはいい。借金の返済は当面は棚上げじゃ。そんなことより、この商売をもっと先に進めるぞ」
そういうと、綾音のお父さんはニヤリと笑った。
「アジアン・ヌードルハウスを全国展開する。このビジネスモデルは、絶対に受け入れられる。他の奴に真似される前に、すぐに先手を打つんじゃ。まずは札幌、東京の都心にもう一店舗、横浜、名古屋、大阪、博多に出店する。金は全部ワシが出すから心配せんでいい。すでに全国の業者仲間を通じて、居抜き物件のアタリはつけておる。ワシが店舗の『
俺と綾音は、ぽかーんとしながら話を聞いていた。
「その後はフランチャイズで全国展開するぞ。2年以内に100店舗を目標じゃ。とにかくスピード感をもってやってくれ」
綾音も呆れた表情だったが……
「もうスポンサーがやるって言ってるんだから、やってみようよ。誠治のアジアン・ヌードルハウスの全国展開、夢があるじゃない。それにお父さんがイケるって言ってるんだから、きっと勝算はあるわよ」
どうやら是非もないらしい。
綾音もスポンサー様もやる気になっている。
これはもう、乗っかるしかない。
俺はすぐに人材を募集した。
するとすぐに、ある夫婦が二人で応募してきた。
面接をすると、1年程前までラーメン屋を経営していたが倒産してしまって途方に暮れていたという。
よくよく話を聞いてみると……なんとオレがリース会社から安価で譲ってもらった厨房機器の、前の利用者だった。
恐ろしい偶然もあったもんだ。
これも何かの縁だろう。
オレは彼らに、店を任せることにした。
経験者だったので書面化したレシピを元に、引き継ぎは順調に完了した。
あとは毎日売上の数字をスマホで連絡してもらうことにして、たまに伝票のチェックをする程度でいいだろう。
実直そうな夫婦なので、多分売上をごまかすようなことはしないと信じたい。
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