No.209:オープン初日
そして9月の第二土曜日。
ついにアジアン・ヌードルハウスがオープンの日を迎えた。
本当に大勢の人たちのお世話になった。
おかげで開業資金は、たったの5百万円で済んだ。
親父に出資してもらった2百万円と、綾音のお父さんからの借入は3百万円だけで済んだ。
綾音のお父さんからは「よくここまで抑えることができたな」と驚かれた。
これなら月々の返済だって、かなり楽になる。
海斗のテレビ局の放送も、2日前に放映された。
思った通り、綾音のテレビ映えは抜群だった。
そこらの女優にだって、負けてない。
そしてエリちゃんの知り合いのインフルエンサーも、その放映の宣伝をしてくれていた。
おかげで店のSNSアカウントにも、「絶対食べに行きます」「予約はできないんですか?」とかなりの反応があった。
さらに今日と明日は、明日菜ちゃんと弥生ちゃんの二人が三鷹駅前でビラ配りのボランティアを引き受けてくれている。
これで宣伝に関しては、やれることは全てやった。
オープンの時間は11時半。
オレは今朝、早く目が覚めてしまった。
綾音も時間より早く来てくれた。
「なんだか落ち着かなくって」
綾音もオレと同じだったようだ。
オレと綾音は仕込みを始める。
大方の仕込みは、昨晩終わらせてあった。
しばらくすると、瑛太がやってきてくれた。
瑛太は「もしも手が足りなかったら、困るだろ?」と、オープンの二日間ドリンクとホールのサポートをボランティアで申し出てくれた。
エリちゃんは知り合いのインフルエンサーを連れて、お店に食べに来てくれることになっている。
海斗も「何か手伝いたいッス」と言って、開店前に来てくれるようだ。
オレ達全員の総力戦になった。
本当にありがたい。
オレは皆に、何かお返しができるんだろうか。
オレと綾音と瑛太の3人が、店のユニフォームに着替えた。
赤のTシャツに黒のエプロン、それに黒の簡易バンダナというスタイルだ。
「ユニフォームは違うが……なんだかヴィチーノを思い出すな」
「あ、ウチもそれ思った」
瑛太と綾音が、口々にそう言った。
そうだな……あの頃のことが、まだ続いているのか?
オレはそんな錯覚に陥った。
バイトの子たちは、今日は11時に来てもらうことにしている。
開店前の準備と、最終ミーティングをやっておきたかった。
時刻は10時半、開店まであと1時間だ。
オレは開店前の店の様子を目に焼き付けておこうと思った。
外に出てみると、なんとそこには大学生っぽい男女3人組が既に並んでいた。
「あ、ひょっとして開店を待ってもらってるんですか?」
「そうなんですよ。一番乗り目指して来ました」
「SNSでも、盛り上がってましたしね」
「私たち、すっごく楽しみにしてたんです!」
3人が口々に、そう言ってくれた。
オレは心からお礼を言って、すぐに店の中に戻った。
どうやら感傷に浸っているヒマはなさそうだ。
厨房に戻ってしばらく準備を進めていると、今度は海斗が来てくれた。
ところが……海斗だけではなかった。
後ろに制服を着た警察官も一緒だった。
俺は焦った。
何かのトラブルか?
「誠治先輩、外が大変なことになってるッス!」
「すいません、店の責任者の方いますか?」
焦った様子の海斗と、その後ろの警察官が同時にそう言った。
「あの、責任者はオレですけど……何かありましたか?」
「外にざっと見て40人以上は並んでるんです。この辺は歩道も狭くて危険なので、警備員を出してもらえませんか?」
「へっ?」
オレは店のドアを開けて、通りを眺める。
「おわっ!」
そこには長蛇の列ができていた。
店の前から20メートル以上離れた信号の交差点まで、ずっと繋がっている。
これでは狭い歩道を通り抜けようとする人の邪魔になってしまう。
オレは店にすぐに戻って警官にお詫びを言ったあと……
「海斗、悪いけど警備を担当してくれ! それから駅前でビラを配ってる弥生ちゃんと明日菜ちゃんを、すぐに呼び戻してほしい!」
「了解ッス!」
「綾音、最初の15人くらいの注文を聞いてきてくれ。それで弥生ちゃんと明日菜ちゃんの二人が戻ったら、交代してほしい」
「わかったわ」
「瑛太、少し早めに店を開ける。悪いけどめっちゃ忙しくなりそうだ。サポートを頼む」
「ああ、最初からそのつもりだ」
そして来てもらったバイトの子たちと簡単なミーティングをしたあと、開店時間を15分早めて店をオープンした。
それからはもう、戦争状態だ。
麺からサイドメニューからドリンクから、次から次へと出ていく。
綾音も瑛太も、フル稼働だ。
調理をしながら、客席の反応を伺う。
男性客と女性客は半々ぐらい。
とくに女性客は、スマホで写真を取っている客が多い。
狙い通りだ。これで拡散してくれると助かる。
回収した器を見ても、食べ残しはほとんどない。
満足してもらえているといいのだが。
外では明日菜ちゃんと弥生ちゃんが行列の先頭で注文を聞いてくれている。
海斗は行列の警備をやってくれていた。
行列はずっと続いていたが、3時頃にようやく落ち着いた。
ところが夕方5時半頃から、また行列が出来始めた。
皆短い休憩は取ってもらったが、ずっと働きっぱなしだ。
営業は夜の9時までだが、初日の今日は8時に閉店をせざるを得なくなった。
麺が全て無くなってしまったからだ。
海斗が店に入れなかったお客さんに、「本当に申し訳ないッス」と頭を下げて謝ってくれていた。
麺は今日と明日の分を多めに仕入れていたが、それを今日一日で全て使い切ってしまった。
明日はさらに多めに仕入れないといけないだろう。
「皆本当にありがとう。おつかれさん」
閉店後オレは皆とまかないを食べながら、心から御礼を言った。
「いやもう、戦争だったな。俺、ちゃんとドリンク作れてたかどうか自信ないぞ」
「ウチも……なんだか途中から訳が分からなくなっちゃって……」
「結局私たちのビラ配りは必要なかったですね」
「本当にそうだったね。ワタシと明日菜ちゃんが、最初からお店の前で注文を聞けばよかった」
「それにしても朝の行列、凄かったッス。最高で70人くらい並んでましたよ」
「そうだよね。一緒に来たインフルエンサーの子も、ドン引きしてたよ。でもその行列の写真も料理の写真もアップしてくれてたから、いい宣伝になったんじゃないかな」
いろいろ課題が見つかった。
それでも……皆がいたから乗り切れた。
売上は初日目標の2.5倍を記録した。
まったく驚異的だ。
そして皆あともう一日、力を貸してくれる。
本当に感謝しかない。
翌日の開店時も、昨日ほどではないが行列ができた。
それでもお客さんも分かってくれているのか、ほとんどのお客さんが食べたらすぐに帰ってくれた。
おかげで回転もよく、お客さんから特に大きなクレームは出なかった。
昨日の反省を踏まえ、麺をかなり多めに仕入れておいた。
売上は昨日よりも、さらに20%アップを記録した。
予想をはるかに超える、順調過ぎる滑り出しとなった。
店の定休日は毎週月曜日。
土日の営業を踏まえて、いろいろと問題点を綾音と相談して洗い出す。
とりあえずバイトの人数を増やすことにした。
それに休憩の体制も、もう少し考えないといけない。
オレと綾音は、とにかく頑張って働いた。
体調が回復していてよかった。
いや、これだけ皆が力を貸してくれたから、体調も回復したのかもしれない。
とにかく精神的に、凄く充実していた。
前の会社では、まったく得られなかった感覚だ。
** 作者より告知です **
お待たせしました。
別作品『天才高校生プログラマーは今日もデイトレードで稼ぎ、美少女からの好意に戸惑い続ける。』の続編を、近日中に公開します。
あの大山浩介と仲間たちが帰ってきます!
タイトル:「大山浩介はいろいろと翻弄される。そして悩みに悩む。(仮)」
~あらすじ~
学校帰りの浩介のもとに、父親の春樹から電話がかかってきた。
春樹は会社で外出中に交通事故に遭い、病院に運ばれたということだった。
幸い命に別状はなかったが、病院に駆けつけた浩介はそこで意外な人物と遭遇する。
浩介、雪奈、ひな、慎吾、葵の仲良し5人組は、高2の春休みに沖縄旅行を計画していた。
竜泉寺グループのリゾートホテルへ、葵が招待してくれることになったのだ。
そしてその旅行中、浩介と雪奈は葵の悩みを知ることになる。
沖縄旅行から帰ってきた翌日、浩介は自宅近くで黒塗りの高級車に待ち伏せされる。
そしてこの迎合が、後々浩介と雪奈の間に訪れる最大の危機へと繋がっていくのだが……。
本編終了後、サイドストーリー『ひなの恋』も収録予定。
新キャラも登場して新たな展開を迎える、恋と友情と家族愛の青春グラフィティ。
シリーズ完結編です。
もし前作をお読みになられていない方がいらっしゃいましたら、これを期に是非ともお読み頂けると嬉しいです。
「天才高校生プログラマーは今日もデイトレードで稼ぎ、美少女からの好意に戸惑い続ける。」
https://kakuyomu.jp/works/16816452218311721424
それでは連載開始まで、もうしばらくお待ち下さい!
たかなしポン太
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます