No.208:皆の思い
オレは開店の予定を、9月の第二土曜日とした。
店の名前はシンプルに『Asian Noodle House アジアン・ヌードルハウス』。
内装の方もほとんど出来上がったのだが、役所関係の許認可が必要だ。
特にアルコールを出すための許認可に時間がかかっている。
開店の2ヶ月ぐらい前から、エリちゃんが会社の関連会社に依頼して店のWebサイトを格安で作成してくれた。
そしてSNSアカウントも二つ開いてくれて、オレと綾音に引き継いでくれた。
あとは二人で随時アップデートをしていく必要がある。
さらにエリちゃんは、仕事を通じて個人的にも付き合いのあるインフルエンサー数名に、店の情報発信を依頼してくれた。
本来はデジタルマーケティングの会社がお金を払ってやるべきことを、こっそりボランティアで引き受けてくれたのだ。
おかげでネットでの反応は開店前から上々だ。
ただ『なんでこんな住宅地に?』といったネガティブな意見も散見されたが。
開店1ヶ月前となった。
店の準備自体は、もう随分整っている。
バイトで働いてもらうメンバーの面接も、とりあえず済ませた。
それと……綾音は厨房の中に入りたいと志願してきた。
オレは躊躇した。
もう完全に綾音をオレの夢に巻き込んでしまっている。
「いいのよ。ウチがやりたいって言ってるんだから」
「わかった。頼むな、綾音。助かるよ」
ここまできたら一蓮托生だ。
当面はオレが麺類を担当、綾音はサイドメニューを中心にやってもらう。
オレはメニューを思考する傍ら、レシピを全てデータ化・書面化しておいた。
オレがまた倒れないとは限らない。
いつでも他の誰かに調理を依頼できるようにしておく必要があるだろう。
開店の10日前、海斗がテレビ局のクルー数名を連れて店にやってきた。
海斗が担当しているお昼の10分間の情報番組で、うちの店を紹介してくれるからだ。
海斗がかなり強引に企画書を通してくれたらしい。
東京地区限定だが、地上波放送で店の宣伝ができる。
しかもタダだ。
オレはガチガチに緊張していたが、綾音は笑顔で店やメニューの紹介をしてくれた。
放送は開店の2日前らしいが、オレが視聴者だったら綾音目当てに間違いなく行くと思う。
そして開店の1週間前。
オレたち7人は、開店前の店舗に集まった。
ピカピカの店は、もう開店を待つばかりだ。
「いよいよ来週だな。オレはなんだか夢を見ているような気がするわ」
「本当ね。バタバタしてあっという間だった。ウチ、毎日筋肉痛だったよ」
「オレもだ。それにしても、監督には本当に感謝だよ。頭が上がらない」
「その監督っていうの、いい加減やめてもらっていいですかね?」
弥生ちゃんが笑いながらそう言った。
土日に完全ボランティアで来てくれた弥生ちゃんは、獅子奮迅の活躍だった。
オレたちは全員敬意を表して、『監督』と呼ばせてもらっていた。
本当にたくさんの人にお世話になった。
オレ一人じゃ何にもできなかった。
親父が『やってみろ』と背中を押してくれた。
綾音のお父さんが、資金を提供してくれた。
高崎さんが、格安で改装を請け負ってくれた。
リース会社の社長が、タダ同然の値段で厨房機器を譲ってくれた。
ここに集まってくれた皆だってそうだ。
土日に来てくれて、後片付けとか掃除とかも手伝ってくれた。
厨房機器だって軽トラで何度も往復して、皆で運んで持ってきた。
壁にかかっているアジアっぽい絵画や置物、いろんなオブジェは瑛太が開店祝いだと言って寄贈してくれた。
メニューや試食に関しても、皆いろんな意見を出してくれた。
海斗とエリちゃんは、宣伝とSNSを担当してくれた。
皆の思いが、全部詰まった店になったんだ。
「でも誠治先輩、マジよかったッスよ。血を吐いて倒れたって聞いたとき、本当に焦ったッス」
「そうだったよね。それに会社も辞めちゃったって聞いてたから……エリも海斗も本当に心配だったんです」
「私もお見舞いに行ったとき、誠治さんもの凄く痩せられてましたから本当に心配でしたけど……瑛太さんが『大丈夫だ。誠治は絶対に這い上がってくる』って言ってましたし、本当にそうなりましたね」
「しかし俺も誠治がここまで早く回復するとは思ってなかったぞ。本当にあっという間にお店を作ったよな。結局誠治が前の会社を辞めてから、1年も経ってないぞ」
「ああ、そうだな。でもメチャメチャ濃い1年だったわ」
「でも誠治、よかったな。ずっとやりたいって言ってたじゃないか。アジアのヌードルハウス」
「ああ、そうなんだ。皆のおかげだよ。本当に感謝してる。だから今度はもう失敗できねえし」
「それに綾音も会社を辞めたんだって聞いて……思い切ったことをしたな」
「ふふっ、そうね。お父さんに報告したら絶句してたけど……でもまあ、こんな人生もありなんじゃない? ウチは結構楽しいわよ」
「そうだった。綾音、会社辞めたんだったな……オレめっちゃプレッシャー感じてきた」
「やめてよ。また胃に穴が開くわよ」
「うわー、それマジで洒落になんねえ!」
全員が笑った。
大学にいたときから共に笑っていた仲間が、今でもこうして笑っている。
オレはこの奇跡に、本当に感謝した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます