No.207:協力者
そして4月1日。
いよいよ今日から店の内装工事が始まる。
高崎さんは基本的に平日週3日か4日来てくれる。
そして週末は弥生ちゃんが来てくれるということになった。
オレは弥生ちゃんにお礼を言うと、「誠治さんのお店が繁盛するようになったときに、『これ、ワタシが内装やったんだよ』って自慢したいんです!」と弾ける笑顔で言ってくれた。
高崎さんを店先で待っていると……。
「おはよ、誠治」
綾音がやってきた。
「おう。おはよ、綾音……って、あれ? 綾音、会社は?」
今日は普通の平日。
綾音は会社のはずだ。
「辞めたわ」
「そっか、辞めたのか……って、ええっ⁉」
「な、なによ。大きな声ださないでよ。びっくりするじゃない」
「びっくりしたのはこっちだ。今辞めたって言ったか?」
「そうよ」
「そうよって……なんでだ? 聞いてないぞ」
「言ったらどうせ反対したでしょ? それにウチもいろいろと限界だったし。もうあの職場、『セクハラ・ワールド』だったからね。ちょうど期末だったし、辞めるタイミングとしてはキリがよかったから」
綾音はうんざりした表情でそう言った。
綾音の会社は大手ゼネコンで、その社風から旧態依然・男尊女卑のムードが色濃く残っていたらしい。
部長クラスは女子社員に対して普通に命令口調だし、他の男性社員からもギリギリのセクハラが横行していたという。
「もうね。視姦罪っていう罪状があったら、アイツら全員有罪だから。執行猶予無しで」
特に綾音は美人でスタイル抜群だ。
ターゲットにされたであろうことは、想像に難くない。
「そうは言ってもな……ご両親には話したのか?」
「まだ話してないわね。怒られるかも」
そう言って綾音は苦笑する。
「そうか……なんだか悪いな。オレに付き合わせたみたいで」
「いいのよ。ウチがやりたいだけだから。それに、今さらでしょ?」
「まあそうだけど……でも、もうこれで失敗できないな」
「大丈夫。きっとうまくいくわ」
綾音は柔らかい笑顔をオレに向けてくれた。
ああ……この笑顔で、オレは頑張れるんだ。
「おうおう、なんだかこの辺暑いな。邪魔したか?」
「あ、いえ。高崎さん、おはようございます」
「ああ、おはよう。それじゃあチャチャっと始めようか。悪いけど工具類を運んでくれるか?」
「はいっ」
「ウチも手伝います」
オレ達は外に出て、高崎さんの軽トラから荷物を降ろし始めた。
こうして内装工事は始まった。
オレも綾音も、高崎さんを手伝った。
オレは重たい荷物を運んだり、高崎さんに言われた通り丸ノコで木の板を切ったり。
綾音は後片付けとか、養生シートを張ったりとか。
病み上がりのオレには結構キツかったが、いいリハビリになっていた。
土日には、弥生ちゃんがやってきてくれた。
そしてその弥生ちゃんの仕事ぶりが、とんでもなくヤバかった。
工具を完璧に使いこなし、どんどん工事を進めていく。
オレと綾音にも指示を出している様子は、まるで現場監督そのものだった。
瑛太や明日菜ちゃん、海斗にエリちゃんも週末手伝いに来てくれた。
7人そろうと、学生時代を思い出す。
オレはメニューの相談や、内装のアイディアを皆に相談した。
忌憚のない意見が飛び交って、開店後のいろいろなイメージが湧いていく。
特に女性目線のアドバイスは、とても参考になった。
瑛太はメニューに使えそうな調味料を、たくさん持ってきてくれた。
取引のあるアジア各国から、サンプルと称して送ってもらったそうだ。
オレはそれらも使いながら、メニュー構成も考えていく。
定期的に使うものがあれば、是非瑛太の会社から定期購入するようにしよう。
工事は順調に進んでいった。
そしてまた大きな買い物をしないといけなくなる。
厨房機器である。
ガスコンロから流し台、冷蔵庫に製氷機に食洗機等、値段がかさむ品物だ。
オレはひとつ心当たりがあった。
明青祭で焼きそば屋を出店したときに、鉄板やガスコンロを借りたリース会社だ。
うちの酒屋のお客さんでもある。
さっそくその会社に行って、社長さんに挨拶する。
事情を説明すると「ものすごくいいタイミングで来てくれたかも」とびっくりされてしまった。
実はその会社のお客さんで、厨房機器をリースしていたラーメン屋さんが1件倒産してしまったらしい。
現場から機材を引き取るにもコストがかかるし、再リースも難しい状態とのことだった。
既に会社の帳簿上は減損処理を予定していたので、もし直接運んでもらえるのなら格安で譲ってくれると言ってくれた。
オレは早速社長さんと現場に行って、その厨房機器を見せてもらった。
サイズは一般のラーメン屋で使われるサイズだ。
念のため測ってみると、やはり予想通りうちの店にピッタリだ。
オレは全部引き取りますからと、その場でお願いした。
「それで……値段はどうしましょうか?」
「そうだね。自分で運んでくれるんだったら……全部で10万円でどう?」
「えっ⁉ いいんですか?」
もし新品でそろえたら、数百万円単位だ。
「ああ。お祝いも兼ねてってことで。開店したら絶対行くからね。私はラクサが好きなんだよ。美味しいラクサ、用意しといてね」
「は、はい。用意しときます。本当にありがとうございます」
オレは深々と頭を下げた。
ここにも協力してくれる人がいた。
オレは本当に幸せ者だ。
その後も内装工事は順調に進んでいった。
綾音は長い棒の先につけたローラーを使って、天井のペンキ塗りをしてくれた。
オレと二人で、壁紙を貼ったりした。
週末には瑛太と海斗が、厨房機器を軽トラで運び出すのを手伝ってくれた。
料理ができる環境になると、試作品を作ってはメニューを考え始めた。
週末に集まる7人で、いろんな意見を出しあった。
たまに美桜ちゃんも参加してくれて、8人になった。
ついにというか、美桜ちゃんにも彼氏ができたらしい。
同じ職場の先輩が、高い競争率を突破して美桜ちゃんを射止めたらしい。
「やさしくて、いい人だよ」
はにかみながらそう言った美桜ちゃんの笑顔が、とても印象的だった。
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