No.205:決意表明
ここのところ綾音は毎日、会社が終わってから夕食を食べにオレの家に来るようになっていた。
週末もほとんどの時間を、オレの家で過ごしているような状況だった。
「どっちが自分の家か、わかんないよ」と、綾音は笑っていた。
オレの両親は、もちろん喜んでいるが。
そんな中、2月最後の土曜日に瑛太と明日菜ちゃんが、二人でオレの家に遊びに来てくれた。
綾音と4人で、お茶を飲みながら話し始める。
「誠治さん、随分顔色がよくなりましたね」
「ああ、明日菜ちゃん。やっぱりそうかな?」
「そうよね。入院してた頃なんて、本当に死んじゃうかもって思ったくらい顔色も悪かったもんね」
「ああ、俺も覚えている。無人島漂流者の特殊メイクかと思ったぐらいだったぞ」
「そんなにか?」
久しぶりに会ったオレ達は、積もる話で盛り上がっていた。
「瑛太も明日菜ちゃんも、忙しいのか?」
「ああ。うちの会社が新しく始めたAzoman通販が好調でな。アイテム数もどんどん増やしてる。俺が担当してるアジアの商品もいろんなものが仕入れることになって、忙しいけど面白いぞ」
「私は経理部なんですけど、やっぱり忙しいですね。そのままボーナスとか増えてくれるといいんですけど」
「そういえばさ、小春ちゃんそろそろイタリアに留学する頃なんじゃない?」
「そうなんですよ。今ビザの準備をしているんですけど、多分出発は4月中旬ぐらいになるんじゃないかなと思います。まったくあの子、一度決めたら頑固だから……」
「でも凄い才能よね。住むところとかどうするの?」
「ミラノにお父さんの知り合いのイタリア人の方がいて、そこの家族にホームステイするそうです。その人は英語ができて、日本語もカタコトくらいならできるみたいなんです。やっぱり信用できるところに住んでくれたほうが、私達も安心できるので。最初は両親も反対だったんですけど、小春がどうして行きたいって聞かなくって……だからお父さんが安心できる小春の滞在先を自分で探してきたみたいなんですよ」
「でもあの小春ちゃんがなぁ……オレの親父が新聞を読んでいたら『この南野小春って子、お前が言ってた子じゃねえか?』って言われて……全国のデザインコンテストで、いきなりグランプリ賞だもんな。オレもびっくりだったわ」
そんな才能の塊のような子が、オレ達の仲間の妹さんだ。
しかも小春ちゃんはまだ20歳の誕生日も迎えてないのに、自分のやりたいことに脇目も振らず一直線に突き進んでいる。
オレも負けていられないよな。
「それよりも誠治だ。本当に始めるんだな。アジアのラーメン屋」
「ああ。親父の許可も取ったし、一応資金の目処もついた。まだまだ決めないといけないことだらけだけどな」
オレは先日いつもの大学時代の仲間7人のグループLimeに、アジアのラーメン屋を始めることを書き込んだ。
オレなりの決意表明だ。
綾音のお父さんが、大口資金提供者になってくれたこと。
その時に内装工事や厨房機器などの初期投資を、できるだけ下げるようアドバイスしてもらったこと。
宣伝方法もメニューも、きちんと考えないといけないこと。
これからやらないければいけないことを、赤裸々に書いた。
少しでも皆からの協力を得られれば、心強いと思ったからだ。
「なんでも協力するぞ。できることがあったら言ってくれ」
「ああ、瑛太にはたくさん協力してもらいたいと思ってるんだ。まずはメニューのアドバイスが欲しい。一番アジアに詳しいのは、瑛太だからな。たくさん試食をしてもらって、意見をもらいたい。それと……店の内装も東南アジアっぽくしたいんだけど、瑛太の会社でそういう装飾品とか取り扱ってないか?」
「もちろんあるぞ。わかった、まかせてくれ。それに試食は大歓迎だ」
「私も試食、したいです!」
「ああ、明日菜ちゃんも頼むよ。若い女性の感想も、すごく大事だから」
「誠治はまだ、たくさん食べれられなからね。いろんな人に試食してもらわないと」
「そんなことはないぞ。胃薬があれば、大概のものは食べられる」
「微妙な回復具合いだな」
全員笑った。
実際会社をやめてから、オレの胃腸は驚くほど早く回復した。
もちろん薬は毎日飲んでいるが、お袋が消化に良い食事を作ってくれていることが大きい。
この調子だったら、完治するまでにそう時間がかからないだろう。
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