No.204:スポンサー
「前回綾音の実家に行ったのって、もう1年以上前のことになるんだな」
「そうだったわね。ウチも1年以上、実家に帰ってなかったんだ……」
「ご両親、お元気か?」
「うん、電話では元気そう。たまには帰って来いって、連絡する度に言われてるけどね」
羽田発、新千歳空港行きの飛行機のエコノミークラス。
オレと綾音はそんな話をしていた。
土曜日の朝早起きをして、オレたちは一路北海道へ向かう。
綾音のお父さんに会って、今回の事業に対する借入れをお願いするためだ。
既におおまかな話は、綾音が電話で話してくれているらしい。
綾音の家族とは、去年の正月に会っている。
綾音の父親は豪快な感じで、最初会ったときにはかなり警戒されていたような気がする。
ただ大の酒好きで、オレもいける口なので酒を飲み始めたら随分意気投合できた印象が強い。
綾音の母親はとても優しそうな印象の女性で、綾音が電話するといつも「今度いつ帰ってくるの?」というのが口癖らしい。
そして綾音には6つ上のお兄さんがいる。
地元の建設会社で働いていて、将来は父親の会社を継ぐことになるらしい。
綾音の実家で一緒に食事をしたが、とても愉快で楽しいお兄さんだった。
「オレが前の会社を辞めたことは、お父さんはご存知なんだよな?」
「うん。それは大変だったなって、心配してたよ」
「そっか……それで『ダメ男』認定されてなければいいけどな」
「それは大丈夫。でもあの人、ビジネスにはシビアだからね。きっと身内でも成功の見込みがない案件だったら、1円だって資金を出さないと思う」
「そ、そうなのか?」
「でも逆に言えばさ。お父さんが認めてくれたら、成功する確率は高いってことだよ。だからいい試金石になるんじゃない?」
「なるほど……そうだな」
綾音はすごく前向きだった。
あんなに泣き虫なところがあるのに、こういう時には芯があって揺るがない。
本当にオレの彼女は頼もしい。
新千歳空港からJRとタクシーを乗り継いで、綾音のマンションに到着する。
2月の終わりの札幌は、まだまだ雪景色だ。
マンションの最上階の、ペントハウスに迎え入れられる。
綾音のご両親が出迎えてくれた。
「誠治さん、いらっしゃい」
「久しぶりだな、誠治君。やっぱり随分痩せたな」
「こんにちは。ご無沙汰してます」
綾音のご両親は、変わりなくお元気そうだった。
オレはご両親から、体調を随分心配された。
お茶菓子をご馳走になったあと、オレと綾音と綾音のお父さんの3人がリビングのソファへ移動する。
「さてと……それじゃあ話を聞こうか」
血色の良い顔立ちの綾音のお父さん、黒川
オレと綾音のプレゼンが始まる。
まずオレが『アジアのラーメン屋』のコンセプトについて話した。
そしてターゲット、メニュー、集客方法等々、店の運営面について説明した。
次に綾音が事業計画について説明し始めた。
二人で練りに練った計画書をプリントアウトして、持参していた。
それをお父さんに手渡し、一緒に見ながら説明する。
いろんな質問がお父さんから投げかける。
メニュー、立地、集客面等々。
それをオレたちは、一つ一つ丁寧に答えた。
1時間ぐらいかけて一通りプレゼンが終わった後、綾音のお父さんはゆっくりとソファーの背もたれに身体を預けた。
「なるほど……コンセプトは面白い。じゃが果たしてその計画通りの集客が可能かどうか、不安要素も多いな」
確かにそうだ。
ここに書いてあることは、あくまでも他店のモデルを元に作った『計画書』だ。
なにが起こるかは、実際にやってみないとわからないことだって多い。
「ただ……その事業計画書の来客数は、かなり固めの人数で作られておるな。それに家賃がかからない点が強い。集客宣伝をSNSに頼る部分がワシにはどうも不確定要素じゃが……それでも10年間の倒産リスクは低いじゃろう」
「本当? それじゃあお父さん」
「ああ。条件付きじゃが、融資をしよう」
「ほ、本当ですか? ありがとうございます!」
オレはソファに座ったまま、深く頭を下げた。
「まず事業資金の総額が最高で1千万円と見積もっているが、これはあまりにも高すぎる。多くても8百万円、あるいはそれ以下に絞るべきじゃ。誠治君のお父さんから2百万円出してもらうとして、ワシからは最高で6百万円までの融資としよう。それでもできるだけ工事費用と厨房機器なんかの費用を抑えるんじゃ。実際居抜き物件じゃったら、内装費用は3分の2程度で済む。まあこの場合は酒屋からの改築じゃから、そうはいかんけどな」
綾音のお父さんは、話を続ける。
「融資は必要な時に、必要な金額の借入申込書を送ってきなさい。急ぐ時は電話連絡だけでもかまわん。あとから送ってもらえればいい。返済は店のオープン3ヶ月後から、期間は10年の分割返済にしよう。金利はゼロにしてやりたいが、税務署がうるさいからまあ標準の一番安い金利にしてやる」
「ありがとう、お父さん」
「本当にありがとうございます」
「うむ。実はワシの会社も3店舗ほど飲食店を持っていてな。競争が激しくて、赤字ではないが採算ギリギリの状態じゃ。こういったアイデアでやってもらえると、ワシも今後の参考になる。期待しておるぞ。頑張ってくれ」
「はいっ!」
オレと綾音は、もう一度頭を下げた。
これでなんとか、資金の目処はついた。
しかも無担保無保証だ。
これで万が一のときでも、店が他人の手に渡ることはない。
もちろん期待を裏切らないためにも、オレは絶対に成功させてみせる!
その日の夜、綾音のお母さんは豪勢な食事を用意してくれた。
お父さんはオレに酒を勧めたが、胃の調子を考えると断らなければいけなかった。
オレは一杯だけでも飲ませてもらいたかったが、隣に座っていた綾音が厳しかった。
お父さんの寂しそうな顔を見るのが、心苦しかった。
翌日オレと綾音の二人は、飛行機で東京へ戻った。
1泊2日の慌ただしい北海道往復だったが、満足の行く結果が得られた。
さて、これから忙しくなるぞ。
オレは中では不安なんかよりも、期待とワクワク感のほうがずっと勝っていた。
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