No.203:アジアのラーメン屋

 

 オレが実家の酒屋の店舗を改装してやってみたいと思っていたこと。

 それは『アジアのラーメン屋』だ。


 アジア各国には、さまざまな麺料理が存在する。

 そういったアジアのいろんな麺料理を、1ヶ所でいろいろと楽しめるお店。

 それがコンセプトだ。


 イメージしているのは、オレがバリ島で香織さんに連れて行ってもらった『Bekmi GM』という大衆麺料理屋だ。

 手頃な値段で、いろんな種類の麺料理が楽しめた。

 それの『全アジア麺バージョン』のようなイメージだ。


 インドネシアのミーゴレンやアヤムゴレン。

 タイのパッタイ。

 ベトナムのフォー。

 シンガポールのラクサ。

 マレーシアのホッケンミー。

 ラオスのカオソーイ。

 台湾の担仔麺(タンヅーメン)。

 韓国のビビンミョン。

 例を上げ始めればキリがない。

 もちろん日本もアジアだから、通常のラーメンもメニューに加える。

 

 ご飯ものはシンプルに、ナシゴレン、ガパオライス、炒飯あたりだろうか。

 つまみ系はサテに焼き餃子、揚げ餃子のパンジットゴレンとか。

 

 飲み物は各国のビールを揃えたい。

 タイガー、シンハー、ビンタン、333などだろう。

 もちろん日本のビールもだ。


 飲み物は、実家から仕入れればいい。

 またお客さんが店で飲んだアジアのビールを、気に入ったら隣の店舗で買って帰るかもしれない。

 少しでも実家の売上に貢献できればと思っている。


 店の面積から、おおよその改装資金を見積もる。

 本当は業者に見積もりを出すのがいいのだが、まだ計画段階だ。

 オレはネットでいろいろな新規出店のケースを見ながら、おおよその金額を算出する。


 ざっくりだが当初の運転資金込みで、総額800万円から1千万円ぐらい。

 思っていたよりも、かなり金がかかることが分かった。


 一方で親父に相談したところ、「200万円くらいだったら出資してやる。好きに使え」と言ってくれた。

 ひょっとしたら親父だって、老後のために取っておきたかった金のはずだ。

 とても心苦しかったが、店が軌道に乗れば少しづつ返していきたいと思っている。

 

 そうすると600万から800万円、資金が足りないことになる。

 これを銀行から借りるとなると……果たして返済が可能なのだろうか?


「なあ綾音、どうだろう?」


 オレは綾音からもらったバレンタインデーのチョコを口に放り入れながら、そう訊いた。

 綾音は自分が持ってきたノートPCのスプレッドシートに、パチパチと数字を入力している。


 綾音がいま表示しているスプレッドシートは、事業計画の採算を月単位・年単位で計算するものだ。

 綾音が会社で使っているマンションの投資計画用のものを、飲食店用に改良したものらしい。


「基本的な考え方は同じよ。家賃収入が売上収入に代わるだけだし、支出は費目が代わるだけで、そんなに変わらないし。でも会社でやっていることが、こんなところで役立つとはね」


 綾音はそう言って笑っていたが、オレにはこんなスキルは全くない。

 本当に綾音様様である。


「うーん……この地域周辺の飲食店の平均的な来店客数と客単価で計算してみたけど、多分なんとかなるレベルだと思うわ」


「本当か⁉」


「ええ。だって誠治の場合、家賃がかからないじゃない? これが大きいわよ」


「え? あーそうか」


 一応実家の一部だからな。

 家賃はかからない。


「もし儲かり出したら、節税のために家賃を払うようにしてもいいしね。そんなことより……」


「なんだ?」


「もし600万から800万円、しかも新規事業資金を銀行から借りるとなったら……多分銀行は担保を要求してくると思うわ」


「担保? それは店に対して、ということか?」


「そう。おそらく借入期間は余裕を見て7年から10年の分割返済。で、誠治はまだ24歳でビジネスの経験もない。これじゃあ銀行だって、リスクがあるでしょ?」


「……そうか」


「だから多分、無担保無保証じゃあ貸してくれないわよ。まあ保証人はご両親になってもらうとしても、担保はねぇ……」


「もしオレが事業に失敗したら、店は銀行にとられちまうってことか?」


「簡単に言えばそうね。銀行はお店の土地と建物を任売や競売にかけたりして現金化して、まあ余った分は返してくれるけど……お店は他の人の手に渡っちゃうことになるわね」


「そ、それは困る」


「そうよね。でもさ……事業を始めるって、そういうことなんだよ。ウチのお父さんもそうなんだけどさ。事業を起こすって、皆そういうリスクを背負って始めるんだよ。でもひょっとしたら誠治が大成功して、大儲けするかもしれないでしょ? そしたらお金も返済できて、なんの問題もないわけ」


「そうか……そういうことだよな……」


 オレは急にビビり始めていた。

 別にオレは破産しようがどうしようが、たいしたことじゃない。

 でも店が……親父が先代から守り抜いた店が。

 オレが失敗したら、他人の手に渡ってしまう。

 それは絶対に避けないといけない。


「クラウドファンディングっていう手もあるけど……返礼とか手数料とかを考えると、案外コストもかかるだろうしね。必要な金額が全額調達できるとも限らないし……」


 綾音もチョコを一つつまんで、口の中に放り込む。

 そのまま視線を、斜め上に向けた。

 何かを考えているようだった。


「綾音?」


「えっ? ああ……まあとりあえずさ、事業計画の細かいところまで詰めてみようよ。それから借り入れをどうすればいいか、考えよっか」


「ああ、そうだな。そうしようぜ」


 オレたちは二人でノートPCの前で、いろいろと話し合った。

 実は綾音のほうが、事業を始めるという現実を知っていた。

 本当に頼りになる。

 オレは逆に、自分の頼りなさが情けなかった。



 数日後、ざっくりとした事業計画書は完成した。

 やはり600万円から800万円の借り入れが必要になりそうだ。

 もちろんリノベーションコストや厨房機器とか、大きな費用がかかるところで削減できれば一番いいのだが。

 とりあえず余裕をみて計算した結果だ。


 24歳のオレが、こんな大金を借りることができるだろうか。

 オレは心配で仕方なかった。


 その日も夕食の時間になると、いつもの通り綾音はやってきた。

 そしてオレに向かって、開口一番こう言った。


「誠治。今週末の土日、予定開けといてね」


「ん? ああ、特に予定もないけど……どっか行くのか?」


「うん。無担保無保証でお金を貸してくれそうな、スポンサーを口説きに行くわよ」


「はぁ? 綾音、なに言ってんだ?」


「一緒に北海道へ行きましょ」


 そう言って綾音は、ちょっと悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

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