No.202:新しい夢へ

 

「うわ、腰痛ぇー……ビールケースって、こんなに重かったか?」 


 オレが会社を辞めてから、2ヶ月経った。

 オレはとにかく体調を回復させることに専念した。

 消化の良いものを食べ、よく眠り、有酸素運動を心がけた。

 おかげで見違えるように、体調は回復していった。


 ただ家でじっとしているだけだと、単なる『タダ飯食らい』になってしまう。

 とりあえず親父が配達に行く前に、ビールや酒類を荷台に積む作業を手伝うようにした。

 もうしばらくしたら、配達の方も手伝いたいと思っている。


 会社を辞めた時より、体重も2キロほど増えた。

 それでも大学時代と比べると、7-8キロは減っている。

 脂肪だけ減ってくれていればいいのだが、当然筋肉も落ちている。

 そりゃあビールケースが重たく感じるはずだ。


 胃腸の方も本調子ではないが、普通に白米や消化の良いものだったら問題なく食べられるようになってきた。

 ただし肉の塊とか脂っこいものとかは、まだ身体が受け付けない。

 まあある意味その方が健康に良いのかもしれない。


 親父が配達にでてから、オレは酒屋の店舗の方へまわる。

 オレが子供の時から変わらない、無駄に広い店舗を見渡した。


『もうこの店舗は、潰してしまってもいいと思ってんだ。いま売上のほとんどは、お得意さんへの配達で成り立ってる。大半のお客さんは、スーパーとか大手量販店とかでビールでも酒でも買うだろ? その方が安いし種類も豊富だしな。この店舗の在庫も回転が悪くて、賞味期限管理だって面倒くさいんだよ』


 親父がそうボヤいていたのを思い出した。

 たしかに店の酒が売れていないことはオレも知っていたが、それ程までとは思っていなかった。

 店舗の裏には酒類を保管する倉庫もあるので、配達だけに集中するにしても店舗はもはや必要ないような状況だ。


 オレの頭にあるアイデアがよぎる。

 それは……学生の頃から少し考えていたことだ。


 でも、実際そんなことができるのか?

 夢や希望だけで、それが実現するとはかぎらない。

 オレは既にそれを知ってしまっている。

 

 それに……もしやるとすれば、それなりの資金が必要だ。

 そんな金もない。銀行から借りる?

 そんなリスクが取れるのか?


 でもオレはあの時思った。

 結局は、やりたいと思うことを仕事にしないとダメなんだよ。


 夜になって、また4人で夕食を取る。

 綾音はもう普通に家にきて、一緒に夕食を食べるようになった。

「ウチも助かってる」と綾音は屈託なく笑う。

 オレは今は体調もよくなってきているので、食事のあと少しくつろいだら綾音を中野のマンションまで車で送っていくようになっていた。


 ちょうど綾音もいるし……タイミングとしては、いいかもしれない。


「親父、あの店なんだけどな」


「おう」


「店の4分の3を、飲食店に改装してみるってのはどうだろう?」


「……何をやるつもりだ?」


「いまのところはだけど……『アジアのラーメン屋』っていうのが面白いんじゃないかって」


「……いいぞ。よくわからんが、やってみろ」

「ちょっと、お父さん……」


「は? い、いいのかよ?」

 お袋は心配そうだ。


「どうせ放っておいたら腐っていくような店だ。夜のスナックとかだったら反対したかもしれないが……お前のやりたいことがあるんだったら、それをやってみたらいい。ただなぁ、金がかかるだろ? 少しなら出してやれるが、それなりの規模の店となると銀行から借りないといけないんじゃないか?」


「そうよ。それに銀行だって、こんな若造にお金を貸してくれるかしら。もし返せなくなったりしたら、それこそ大変よ」


「ああ、問題はそこなんだよ。オレも金ないしなぁ……」

 結局は金がないと、何もできない。


 それまで黙って聞いていた綾音が、口を開いた。


「えっと……誠治。とりあえずいろいろ調べて、事業計画を立ててみない?」


「事業計画?」


「うん。投資資金がいくら必要なのか。それに対していくら借り入れをするのか。月々の売上はどれぐらい見込めるのか。どれぐらい費用がかかるか。残った利益から、借り入れの返済が可能か。とりあえずその事業計画を立てないと、お金だって借りられないわよ」


「……そういうもんなのか? でもオレにできるかな……」


「大丈夫、ウチも手伝うわ。とりあえずそこから始めてみない?」


「おお、さすが綾音ちゃんだ。よろしく頼むよ。誠治のケツ、ひっぱたいてやってくれ」

「綾音ちゃん、頼りにしてるわ。お願いね」


「え? は、はいっ」

 綾音はちょっと顔を赤らめて、そう答えた。


「綾音、よろしく頼む。手伝ってくれ」


「うん、わかった。一緒にやってみようよ」


 こうしてオレと綾音の、新しい夢への二人三脚が始まった。

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