No.200:コストパフォーマンス?
人事部職務開発課は、2年前に開発された新しい部署だ。
表向きは『従業員のキャリアプランを、包括的に支援していく』というのが目的らしいが、実際には特に中高年の従業員を対象に実質的なリストラを推し進めていく部署となっている。
まず職務開発課に移動となると、全員提携した人材会社からの数日間の研修を受けさせられる。
そこで面接や適正診断テストが行われて、その結果に応じて担当者とミーティングの機会を設ける。
ただし、そこでの最終的な結論はすでに決まっているらしい。
『現状この会社には、あなたに与えられる仕事がありません。この会社以外に活躍の場を探したほうが、あなたのためになりますよ』
実質のリストラ勧告だ。
そしてそのまま転職活動となった場合、その提携している人材会社が再就職先を斡旋する。
まさに会社と人材会社がWin-Winの関係にある。
そのまま会社に残りたいと強硬に主張しても、決していいことは待っていない。
長年経理で働いてきた従業員が「その知識を生かして、営業力もつけていきましょう」と言われ、慣れない営業に出されたり。
逆に営業しかやってこなかった従業員が「内部事務管理も、会社業務を知る上で重要な職務です」と言われ、書面の資料を一日中PDFファイルに変換する仕事を担当させられたり。
とにかくあらゆる手法で、リストラ対象者を法律ギリギリのレベルで追い込んでいく。
最終的に大半の従業員は退職に追いやられるのだ。
しかしオレが聞いた範囲では、これは中高年の従業員が対象だったはずだ。
給料の高いシニア層のコストカットを目的に、職務開発課は設立されたと聞いている。
普通に考えてオレのような2年目の平社員がリストラの対象になるのは、あまりにも不自然だ。
オレは自分の部屋で呆然としていると、再びスマホが鳴った。
表示を見ると、オレの会社の先輩だった。
その先輩は同じ営業所の別のテリトリーの営業担当者で、いつも仕事を教えてもらっていたとてもお世話になった先輩だ。
オレが休職中にも何度か心配して電話をくれた人で、会社の中でオレが信用できる数少ない人物だった。
「新藤、大変だったな。俺もすごく残念だ。実際所長も課長も、人事部には随分掛け合ってくれたみたいなんだが……」
先輩の声も沈んでいた。
「うちの会社、前期大幅な赤字を出しただろ? あれ以降社長の厳命でリストラ大号令が始まってしまったようなんだ。その対象が今までの中高年だけでなく、年齢層も問わなくなった。言い方は悪いが、リストラ基準は『コストパフォーマンスの良し悪し』らしい」
コストパフォーマンス?
「つまりその従業員が会社にもたらす収益と、その従業員にかかるコストのバランスだ。知っての通り中高年の層は、このコスパが悪い従業員が多い。だからリストラの対象にはなりやすい」
確かに……それは理解できる。
「ただ入社1年目・2年目とかの若手だって、当然コスパは悪い。人材育成コストが、先行投資として必要だからな。ただ……人事部が言うには、会社を病気で休職した従業員は将来的にこのコスパが悪くなる可能性がかなり高い、というデータがあるらしいんだよ。たまたま今回そのことが、新藤に当てはまってしまったようなんだ」
なるほど、そんなデータがあったのか。
ただそんなものは、ケースバイケースなんじゃないのか?
「本来そんなものは、個別判断されるべきものなんだ。でも人事部も社長命令で、そんな時間的余裕もなかったらしい。それに……うちの所長は前回退職した人員の補填を、人事部に交渉していたんだ。そして今回の異動でうちの営業所に新しく一人営業職が入ってくる。おそらく新藤は、その交換条件になってしまった可能性もあるんだ。本当に不幸としか言いようがないんだけどな……」
オレは黙って先輩の話を聞いていたが……最後に丁寧にお礼を言って、電話を終了した。
オレはいろいろと、頭の整理がつかなかった。
それはあまりにも、理不尽じゃないのか?
たった4週間の休職だけで……しかもその原因は、明らかに会社のストレスだ。
そして最後は通販の不良品を返品交換するように、職務開発課へ送られてしまった。
オレは……不良品だったのか?
オレは憤りを通り越して、呆れてしまっていた。
こんなバカな話はないだろう。
こんなバカな会社はないんじゃないか?
そんな会社に心血を注いで、忠誠を誓って、身体を壊してまで働いていた。
もしかしたら……そんなオレが、一番バカだったのか?
オレはなんだか笑えてきてしまった。
いろんなことが、バカバカしくなった。
そうこうしているうちに、綾音がやってきた。
もう夕食の時間のようだった。
いつものように、4人で食事を取る。
いい機会のなので、オレは今日の職務開発課への異動の話をした。
そして今まで職場でどんな環境で働いていたのか。
そしてこれから何が始まるのか。
大まかなことを、洗いざらい両親に話した。
すると正面に座っていた親父が、口からご飯粒を飛ばしながら烈火の如く怒りだした。
「ふざけんじゃねえ! 従業員をなんだと思ってやがる! 機械の部品でも将棋の駒でもねえんだぞ! 血の通った人間なんだ! 誠治! そんなふざけた会社、いますぐ辞めちまえ!」
オレがドン引きするぐらい、もの凄い剣幕で親父は怒っていた。
だが……オレの思いを、全て代弁してくれていた。
「そうよ誠治。別にしばらく休めばいいじゃない。お父さんも最近腰がよくないから、配達でも手伝いながらリハビリしたらいいでしょ? 身体を治して英気を養えば、またいくらでもチャンスがあるわよ」
「誠治。人間、健康に勝る財産はねえんだ。とりあえず食えるようになって、その痩せちまった身体を元に戻せ。そしたらそのあと、何だってできるようになる。なあ綾音ちゃん、そう思わねえか?」
「はい、そのとおりだと思います。誠治、別に今の会社にこだわることなんかないんじゃない?」
なんだか勝手に外堀を埋めてこられたようだな。
オレは苦笑する。
「そうだな。なんだかオレも、バカバカしくなってきたよ。とりあえず月曜日、職務開発課へ行って話を聞いてくるよ」
話をしてよかった。
オレは気持ちが随分楽になっていた。
もうオレの身体が、あのノルマに追いかけられる生活を拒否していた。
オレは目の前の両親と、綾音に心から感謝した。
今の会社にオレの就職が決まったとき、両親はとても喜んでくれた。
誰もが知る、知名度の高い一流企業だと思っていたからだ。
だから辞めるときは、反対されるかもしれないと思っていた。
だが一番怒りをぶちまけたのは、親父だった。
会社のブランドとか世間体とか一切考えず、オレの身体を心配してくれた。
オレはそれが嬉しかったんだ。
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