No.199:課長からの連絡
休職を決意したオレは、最初の4-5日はひたすら寝ていた。
会社に行かなくてもいい。
ノルマのことを考えなくてもいい。
その事実だけで、オレは深く長く眠ることができた。
逆に言うと、いままでいかに身体が疲れていたのかを実感することになった。
綾音はほとんど毎日自宅に来てくれた。
平日は会社が終わってから来てくれて、夜は一緒に食事をした。
あいかわらずお粥だったが、「よく噛まなきゃだめよ」と小言を言われた。
向かい側に座っていた両親は笑っていた。
週末には大学の時の仲間も遊びに来てくれた。
瑛太と明日菜ちゃん、それから弥生ちゃんが3人で遊びに来てくれたときには、今の自分たちの仕事について語ってくれた。
3人とも大変なときもあるけど、やりがいがあって楽しそうだった。
海斗とエリちゃんも二人で遊びに来てくれた。
海斗は就職先のテレビ局で雑務に追われ、毎日忙殺されているらしい。
「明日は我が身ッスよ」とボヤいていた。
エリちゃんはデジタルマーケティングの会社で、クライアントからのリクエストや協力関係にあるSNSインフルエンサーとの調整に苦慮しているという。
皆しっかりと、社会人生活を送っていた。
なんだかオレだけ……取り残されているような気がした。
「誠治、大丈夫だから。焦ることはないよ。とにかく身体を治すのが先」
オレが不安に感じるタイミングが分かるのだろうか。
そんな時綾音はいつだって、そう優しく声をかけてくれる。
その言葉が、どれだけオレの心の支えになっただろう。
オレの体重は入社前と比べて10キロ近く落ちていたが、少しづつ体調は回復していった。
休日には綾音と一緒に近所を散歩した。
近所のコンビニへプリンやヨーグルトを一緒に買いに行ったりするだけだったが、オレにはとてもいいリハビリだった。
休職4週目には、食事はお粥から白米に昇格した。
隣で「最低30回は噛むのよ」と、綾音からずっと監視されていた。
まだ不安はある。
だが4週間前よりは、気持ちはずっと落ち着いた。
いよいよ来週から出社だが、頑張れるかもしれない。
そんなふうに思っていた金曜日のことだった。
オレのスマホが振動した。
表示を見ると、課長からだ。
月曜日からのことを心配してくれているのかもしれない。
オレは電話に出て、挨拶をした。
課長はオレの健康状態のこと気にしてくれた。
オレも「来週からよろしくお願いします」と言った矢先……。
「いや実はね……今日異動があったんだ。新藤君、君には転勤してもらうことになった」
「? えっと……私が転勤……ですか?」
「ああ……人事部職務開発課だ。もし月曜日に出社できるようであれば、八重洲の本社に行ってもらいたい」
「……職務……開発課……」
オレはその部署の名前を聞いて、その後の言葉が出てこなかった。
人事部職務開発課。
2年前に新設された、うちの会社の誰もが知る部署。
主に従業員のリストラを目的とした、通称『追い出し部屋』である。
「新藤君、すまない。私も所長も、人事部とはいろいろと掛け合ったんだ。だが最終的に力及ばずでね。こういう結果になってしまった」
「……そうですか……」
「新藤くんの体調のこともある。一度自分の身体と向き合う意味でも、この異動は無駄じゃないとも思うよ」
「……そうですね……」
オレは話を最後まで聞いちゃいなかった。
ただただショックだった。
たった1度。
たった4週間。
会社のストレスで身体を壊し、休職しただけだ。
なんとか努力して、少しずつ回復してきていた。
また来週から頑張ってみよう。
そのそう思っていた矢先にこの仕打ちは、あまりにも酷いんじゃないのか?
気がつくと課長からの電話は切れていた。
最後まで、どうやって会話をしたのか覚えていなかった。
それぐらいオレは気持ちが動転していた。
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