No.195:私利私欲


 10月に入って、いよいよ提携工場の候補地へ視察に向かう。

 インドネシアのジャカルタと、ベトナムのホーチミンの2箇所だ。

 出張するのは社長と増田部長、そして俺の3人。

 ベルーガ・インドネシア航空のエコノミークラスに3人横並びで、最初の訪問地ジャカルタへ向かった。


 ジャカルタ郊外の工業団地の一角にある工場を視察する。

 そこには香織さんも来てくれていた。

 一通り視察も終わり、時間を見て香織さんと食事をしながらミーティングの時間も取った。

 俺はバリ島からの雑貨や小型家具、食品等を増やしたいと考えていて、「できればAzomanの中で、『バリ島フェア』をやりたいなと思ってるんですよ」と伝えた。

 香織さんはとても喜んでくれて、「早急にリストを送るわね」と言ってくれた。


 次の訪問地であるホーチミンに向かい、同じように工場を視察する。

 現地工場にはジュエンさんという、日本に留学経験のあるベトナム人女性がいた。

 ジュエンさんはその会社の社員で、カタコトの日本語と英語で工場を案内してくれた。


 ホーチミンに2泊したあと、俺たちは帰国の途に着く。

 ホーチミンのタンソンニャット空港でチェックイン・出国審査を終え、俺たち3人はコーヒースタンドでくつろぎながら搭乗手続きを待っていた。


「香織さんには申し訳ないけど、提携工場はホーチミンにしようと思う」


「そうですね」

「はい」


 社長の一言に、増田部長も俺も同意する。


 理由は大きく2点。

 

 1点目は、やはり物理的な距離の問題だ。

 日本への距離はベトナムからの方が明らかに近いので、トータルのリードタイムが短くて済む。


 2点目は、ホーチミンの工場には大型の3Dプリンターがあったことだ。

 それがあれば、例えば8分の1スケールとかで製品の模型を作ることができる。

 リモートでやり取りする際に、この模型があるとないとでは雲泥の差があるのだ。

 細かい所のミスや、コミュニケーションギャップを防ぐことができる。


「僕の方から今フランスのデザイナーに、最初の製品のデザインを依頼している。そのデータが揃い次第、生産を開始しよう。まあ最初は小ロットからやろうと考えているよ」


 社長はそう言って、コーヒーを口にした。


「ところで仲代君は、まだ2年目だったんだね。すっかり頼りにしてるから、僕の中では中堅社員ぐらいのイメージになっちゃってるよ」


「ああ、本当によくやってくれてると思うよ」


「いいえ、まだまだです」

 社長と増田部長のお褒めの言葉に、俺は遠慮がちに答えた。


「まだ入社して1年半だもんね……やってみて、うちの会社どうだい?」


「とても楽しく仕事をさせてもらってます。それに……自分一人じゃできないことでも、チームや組織とかなら、いろんなことができるんだなって最近痛感してます」


「……そうなのかい?」


「はい。例のAzomanの通販にしてもそうなんです。自分と岡山の二人だけだったら、頓挫していたかもしれません。でも宮城君の何気ない一言で、突破口を見つけられました。それにいくら自分がアジアから良い商品を仕入れたって、営業2課の方が頑張って売ってくれないと会社は儲からないですよね? だから自分ひとりじゃあ何もできない。でもチームなら頑張れる。最近それを痛感しているんです」


「……2年目でちゃんと大事なことに気づいたんだね。それは僕ら管理職とか経営サイドの人間にも言えることなんだよ」


 社長は穏やかに笑顔を浮かべた。


「経営者なんて偉そうなこと言ったって、従業員の皆が頑張ってくれないと何にもできないんだよ。僕はよく会社を『人体』に例えるんだ」


「人体……ですか?」


「そう。従業員一人ひとりが、会社の骨であり筋肉であり血液なんだ。そしてそれらが健康だったら人体だって健康であり続けることができる。そしてその人体に『食べ物』を与えてくれるのが、お客さんなんだ。だからお客さんを大事にして良質な食べ物を摂取し続けることで、人体も健康を維持することができる」


 社長は言葉を続ける。


「うちの会社規模程度の中小企業経営者が、一番やっちゃいけない事。それは『自分の私利私欲のために、会社を利用すること』なんだ」


「……私利私欲のため……ですか?」


「ああ。自分の収入を増やすために、従業員を安く働かせて利益第一主義に走るとか。お客さんを騙して、粗悪な商品を高く売りつけて利益を確保したりとか。そんなことをしていると人体の骨や筋肉が腐ってきたり、あるいは食べ物が貧弱になったりして簡単に会社は傾いていく。僕はいままで、そういう会社をたくさん見てきたからね」


「社長の給料だって、年収ベースで3桁万円ですもんね」


「増田君……それは内緒って、前にも言ったよね?」


「え? あ、す、すいません……」


「まあ僕の給料はちょっと特殊な理由があったりするけど……とにかく会社は『人体』だから、骨や筋肉、血液がバランスよく動いてくれないと機能しない。それはある意味あたりまえのことだからね」


「はい、よくわかりました。肝に命じます」


 ちょうどその時、俺たちの乗る飛行機のフライトナンバーがコールされた。

 3人とも立ち上がり、搭乗ゲートに向かった。


 羽田空港に土曜日の午前中に到着した俺たちは、現地解散となった。

 社長と増田部長はスーツケースを宅配便で自宅へ送るようだ。

 俺はそのままスーツケースを引きずりながら、京急で品川まで出る。

 電車の車内で、明日菜ちゃんにLimeを送った。

 

 明日菜ちゃんへのお土産に、ドライマンゴーとハス茶を買ってきていた。

 本当はベトナムでアオザイを買って、ロフトの上で着替えてもらって……とも思ったが、怒られるからやめた。

 明日菜ちゃんから「夕方取りに行っていいですか?」と返信が来た。

 俺はもちろんOKと返信した。

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