No.194:ビッグニュース
ゴールデンウィークが明けると、Azoman通販の件は正式にゴーサインが出た。
営業2課の方では、プロジェクトチームが発足された。
プロジェクトリーダーは入社8年目の先輩社員、秋田さん。
メンバーは岡山と福島さんの1年目2年目コンビ。
それから応援要員として、うちの部署から山口さんと宮城君が時間があればヘルプに回るという体制になった。
すぐにAzomanで売る商品をピックアップした。
アイテム数は、とりあえず300アイテム程度を用意。
6月に入ってAzomanとの契約も締結されると、先ずは写真撮影からだ。
岡山と福島さん、それからうちの部の山口さんか宮城くんのどちらかが毎日倉庫へ通った。
ガタイのいい岡山が商品を背景布とボードセットの前に運び、福島さんがいろんな角度から数枚写真を撮る。
そして商品のサイズや重量を正確に測って記録していく。
それを延々と繰り返す。
彼らは倉庫から戻ってきたあと写真をアップロードして出品の準備をする。
それと同時に倉庫の方でAzoman倉庫への出荷準備をしてもらって、自社のトラックでAzoman八王子倉庫へ納入してもらう。
納入が確認できた段階で、リーダーの秋田さんに最終チェックをしてもらって出品する。
顧客からの質問等の対応は岡山と福島さんが受け、クレーム等ややこしいものはリーダーか上席が対応するようだ。
6月に入るとAzoman内のうちの会社のストアページには、約100アイテムの商品が並んだ。
まだ全てのアイテムは出品できていないが、ネット上で話題となる商品も出てきた。
『Azomanでこんな商品見つけちゃいました』
『このティッシュケース、ヨーロッパ調で凄いオシャレ』
『このタイのラーメン、すげー辛くて美味い!』
『なにこの人形? めっちゃキモかわいいんだけど!』
そういった話題の商品はAzoman内でもすぐに売り切れになるので、また追加納入する。
同時にそれら商品は、うちの会社から卸した実店舗でも売り切れが続出して追加の注文がくる。
思った通りの相乗効果だ。
嬉しいことに、俺が担当しているアジアからの輸入品も売り切れの商品が出てきていた。
俺はそれらの商品と、それから類推して人気ので出そうな商品を予め多めに発注しておいた。
「Azoman通販、順調みたいですね」
「ああ。思ったよりかなり売れてるみたいだ」
お昼休みの時間、明日菜ちゃんの手作り弁当を食べながら、俺はそう答える。
「私もAzomanで売られてる商品を見たんですけど、可愛い商品もたくさんありますね。私でも欲しくなっちゃいます」
「商品選択には福島さんとか女子社員の意見もかなり取り入れられたからね。それにネットでバズっている商品は、半分以上は女子向けの商品らしいよ」
ネットでバズれば、実店舗でも売れる。
ただ何がバズるかは、全く予想がつかない。
これは仕入れを担当するものからすると、なかなか頭が痛い問題だ。
こればっかりは、時間をかけて経験から学習するしかないだろう。
7月に入ってAzomanで取り扱う商品は300アイテムを超えた。
売上はますまず順調だ。
これを受けて営業部長から「もっとアイテム数を増やせ」と激が飛ぶ。
急遽追加で200アイテムを取り扱うことが決まったらしい。
ところで海外営業部の案件として、早急に決めないといけない事案がある。
自社家具のOEM生産を受け入れてくれる提携工場の選定だ。
最終的に候補地は2ヶ所に絞られた。
一つはインドネシアのジャカルタ郊外にある工業団地内の工場。
もう一つはベトナムのホーチミンだ。
ジャカルタの案件は、香織さんが絡んでいる。
個人的にはジャカルタの工場に決まってくれると俺としては嬉しいが、最終的に決めるのは社長と増田部長だ。
年内には社長と増田部長と俺の3人で、両国の工場を視察するため出張の予定だ。
◆◆◆
南野家にそのビッグニュースが入ってきたのは、9月中旬のことだった。
『全国学生家具デザインコンテスト グランプリ賞 南野小春』
その名の通り、全国の学生による家具やインテリアのデザインコンテストである。
家具・照明などの作品や、制作パネル・模型などインテリアデザインの作品も含む、日本最大の学生向けコンテストらしい。
その大きなコンテストで、小春ちゃんはグランプリ賞を獲得したのだ。
受賞作品の映像がネットでも公表されているが、その作品は「座椅子」だった。
ただの座椅子ではない。
座椅子の下に足があるタイプで、座面に少し傾斜がつけてある。
背もたれ部分が特徴的で、竹と麻紐を組み合わせた幾何学的で斬新なデザインになっている。
丸みを帯びた肘置きも、見る角度によっては流線的に見えてスッキリしている。
全体的に前衛的でありながら、どこか日本のノスタルジーを感じるような素敵なデザインだ。
そして全ての材料が、間伐材や廃材・もしくは廃棄処分されたものから作られているらしい。
この辺も評価のポイントが高い理由のようだった。
「謎が解けましたよ」
休日に俺のアパートで紅茶を飲みながら、明日菜ちゃんはそう呟いた。
「謎って?」
「ほら、小春が去年のクリスマスに大画面のパソコンを買ってもらって、部屋にこもっていた時期があったじゃないですか」
「うん、あったね」
「あれは小春が自分の部屋で、ずっとキャドソフトを弄っていたらしいんです」
「キャドってCADのこと? あの設計とか製図用のソフトの?」
「はい。小春は学校の授業でCADの使い方を少し教えてもらったらしいんですけど、そこからハマってしまったようなんです」
『だって自分の頭の中だけでデザインしたものが、その設計図さえあれば実際の家具とか製品になってこの世に生まれてくるんだよ? 凄いと思わない?』
小春ちゃんは興奮気味に、明日菜ちゃんにそう話してくれたらしい。
なるほど、だからパソコンはハイスペックなデスクトップで大型スクリーンだったんだな。
CADソフトを快適に使おうとすると、それなりのスペックのPCが必要だと聞いたことがある。
「『どうして言ってくれなかったの?』って訊いたら、『だってそんな事言ったら、生意気だと思われるじゃん。まだ学生なのに』って言うんですよ。全く家族なのにひとことぐらい言ってくれたら、こっちだって心配しなかったのに……」
パソコンを買ってもらったばかりの時の小春ちゃんは、CADソフトの使い方もおぼつかなかった。
だから最初は時間がかかってしまったが、小春ちゃんはネットで調べながら独学で覚えていったらしい。
そしてしばらくすると、CADソフトが一通り問題なく使えるようになったというから驚きだ。
CADで設計図を書けるようになった小春ちゃんは、実際に作品を作ってみたいと思うようになった。
それで学校が提携している業者に、データを渡して作成依頼をしたそうだ。
もちろんそれにはお金がかかるが、小春ちゃんはアルバイトをしていない。
「小春はその都度、お母さんに『実習代だから』ってお金をもらっていたらしいんですね。お母さんもなんかおかしいなって思ったみたいなんですけど、小春は一応見積書を持ってきたてから『やっぱり専門学校の実習費って高いのね』ぐらいにしか思わなかったらしいんです」
そうして作った作品の一つが、今回のコンテストでグランプリを受賞した。
そして審査員を驚かせたのがデザインと設計の両方を、小春ちゃんがたった一人でこなしていたことだった。
通常このコンテストはチーム参加が大半だ。
つまりデザイン担当、設計担当、作成担当といった具合に、各担当を分担制で参加するのが普通である。
ところが小春ちゃんは、まったくの個人参加だった。
作成自体は業者に委託したものの、ここまで見事なデザインと設計の両方を一人でこなしたということが、驚愕に値するらしい。
しかも19歳の可愛らしい少女が、である。
これが話題にならないはずがなかった。
学校には新聞社や専門誌からの取材依頼が殺到したらしい。
新聞の地方欄には、はにかんだ小春ちゃんの輝くような笑顔が大きく掲載された。
そしてその可憐な愛くるしさに、ネット民がざわついた。
小春ちゃんを学校まで見に来る輩が出てきて、数日間は大変だったらしい。
「ところが……またあの子、突拍子もないことを言い始めて……」
「? 突拍子もないことって?」
「学校を卒業したら、イタリアに留学したいって言い始めたんです」
話によると、今小春ちゃんが通っている専門学校は、成績優秀者限定で姉妹校であるミラノのデザイン学校への推薦状を書いてくれるらしい。
もちろん学費や滞在費等の全ては自己負担となるが、ヨーロッパで本場のデザインを体感しながら学べる環境はとても魅力的だろう。
小春ちゃんは小さいときから好きだったヨーロッパ家具への憧れ・執着心が、これまでのモチベーションになってきていたようだ。
そして今回の大賞受賞で、自分にも自信がついたらしい。
両親に「卒業したら、ミラノの学校に留学したい」とお願いしてきたそうだ。
「いくらなんでも無謀だと思うんですよ。小春は英語もイタリア語も全然できないんですよ。生活すること自体、大変だと思うんです」
「うーん、たしかに大変そうだけど……でも小春ちゃんの才能を、できたら伸ばして上げたいよね。俺が言うのも変だけど」
「まあ確かにそうですけど……」
「やっぱり小春ちゃん、ある意味天才なんじゃないかな?」
「天才じゃないにしても、才能があることはこれでハッキリしましたよね。それに……デザインを考えたりCADで設計をしている時が、今一番楽しいらしいんです。『もう時間がいくらあっても足りない』って、たまにボヤいてます」
「そうなんだね。まああとは……社長と晴香さんが、どう判断するかだよね」
「お母さんは冗談で『私も一緒に行こうかしら』とか言ってましたけどね」
「ああ、それも面白いんじゃない?」
「お父さんが『それはダメだ』って。多分お父さん寂しくて、仕事ができなくなっちゃうと思いますよ。お父さん、お母さんのこと大好きだから」
「仲がいいんだね」
「あのふたり仲がいいですよ、子供からみても。私も将来、ああいう夫婦になりたいです」
明日菜ちゃんはそう言ったあと、はっとした表情で少し視線を下げた。
二人の間にちょっとだけ、甘くて気まずい空気が流れた。
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