No.188:小春ちゃんの変化


 11月に入ると、俺の部署はますます慌ただしくなってきた。

 アジアに発注した荷物が、日本へ到着するからだ。


 営業部・営業2課が頑張ってくれたおかげで、アジアからの商品の引き合いも上々だ。

 ホームセンターなどの新しい販路も開拓してくれたらしく、順調に数字を伸ばせそうとのことだった。


 俺は営業2課とミーティングを重ね、新たな顧客ニーズを探る。

 国内バイヤーさんの意見を一番体感しているのは、営業2課の営業担当者だ。

 彼らの意見を集約して、ニーズに合ったものを探して発注する。

 そして反応が著しく薄いものは、発注をとりやめないといけないケースも出てくる。

 その辺のさじ加減が難しい。


 そのあたりをどうすればいいのか、増田部長に訊いてみた。


「その辺はもう、経験しかない。あまり怖がらずに、トライアル・アンド・エラーでやってみるといい。失敗してもいいぞ」


 その言葉は、本当にありがたい。

 俺は周りの意見を聞きながら、自分の仕事を進めていった。


 12月に入ると、さすがに寒くなってきた。

 冬のボーナスをもらったら、コートを買おうと思う。

 ちなみに明日菜ちゃんとの付き合いは順調そのものだ。

 週末は俺のアパートにやってきて、一緒に食事をする。

 まあ、食事だけでは済まないけど……。

 それから最近は頻繁に、明日菜ちゃん宅でご馳走になることが増えてきた。

 特に社長が出張中に呼んでもらうことが多くなった。


「会社で毎日会っているのに、食事の時まで顔をあわせるのはさすがにイヤでしょ?」


 晴香さんなりの気遣いのようだった。

 俺としては、社長と一緒でも全然気にならないが。


 その年の年末に俺は長野に帰省した。

 雪に囲まれた実家で正月を過ごした後、東京へ戻った。

 そして1月3日、明日菜ちゃん宅へ新年の挨拶を兼ねてお邪魔した。


「あけましておめでとうございます」


「ああ、おめでとう。仲代君、実家はどうだった?」


「はい、久しぶりにのんびりできました」


「それはよかった。仲代君、昨年は忙しかったからね」


 社長との挨拶が終わると、俺はキッチンの方へ案内された。

 そこにはお節料理のお重が用意されていて、「残り物だけど」と言って晴香さんは俺に進めてくれた。

 俺は晴香さんに、実家からの持ってきた野菜を手渡した。

 晴香さんはとても喜んでくれた。


「小春ちゃんはいないの?」


「はい。友達と初詣に行ってます」

 俺の疑問に明日菜ちゃんが答えてくれる。


「小春ったら、クリスマスから部屋にこもるようになっちゃったのよね」

 晴香さんのボヤキが聞こえた。


「部屋にこもる……ですか?」


「ああ。実は小春にクリスマスプレゼントをねだられてね。パソコンと大きなPCモニターを買わされたんだよ。専門学校の授業に必要だからって」


「……そうなんですね」


「でもちょっと変なんですよ。今どき普通はノートパソコンじゃないですか。でもそのパソコンはデスクトップで、それも値段から言ってかなり高性能なやつなんです。それにモニターが尋常じゃないくらい大きくて」


「大きいって? どれくらいの大きさなの?」


「私も設置を手伝わされたんですけど……えっと、34インチのウルトラワイドって書いてありました。しかも画面がフラットなやつじゃなくて、こう……曲面になってるタイプなんです」


「それって、なんだかプロ仕様みたいなやつだね」


「そうそう、なんかそんな感じです」


 小春ちゃん……どこへ向かっているんだろう。

 プログラマーとか、あるいはプロゲーマー?

 学校の授業で使うようなレベルじゃないよな。


「僕はオンラインゲームとかにハマってやしないか、ちょっと心配なんだよね。ほら、いま課金し過ぎて大変になってるケースとかあるだろう?」


「ええ、でも……小春ちゃんは、なんて言ってるの?」

 俺は明日菜ちゃんに訊いた。


「『ゲームとかじゃない。専門学校の課題に使うやつだから、心配しないで』とは言ってるんですけどね」


「まあここは小春を信用して、しばらくは様子を見ようと思ってるんだけどね」


「でも身体をこわさないか、心配よね」


 社長も晴香さんも心配そうだ。

 俺も少し心配だが、小春ちゃんはそれほどバカな子じゃない。

 その辺は信用してもいいだろうと思う。


「そういえば、誠治さんは綾音さんと一緒に北海道へ行ってるらしいですね」


「ああ、そうらしいね」


 それは俺も聞いている。

 誠治と綾音の付き合いも順調そうだ。

 大学4年のときも誠治がたまに綾音のマンションに泊まって、翌日一緒に大学へ来ていたことも知っている。

 本人たちは隠しているつもりらしかったが。


 綾音はもう何度も誠治の自宅に遊びに行っているようだ。

 

「うちの両親は『綾音ちゃん、いつでもお嫁に来てもらっていいからね』とか言ってて、綾音も困ってたわ」

 誠治は少し恥ずかしそうにそう言っていた。


 この年末年始に、誠治は綾音と一緒に北海道へ行っている。

 綾音の両親に、挨拶をするためだ。

 

「ぶん殴られないか、心配だよ」 

 音声通話越しにめずらしく吐いた誠治の弱気な言葉を、俺は思い出していた。

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