No.187:社会人1年生チーム


 アジアプロジェクトは、その後も順調に進んでいる。

 商品選択を終え、営業部とのイメージ合わせも済んだ。

 商品のアイテム数は、100アイテムを超える。

 そしてそれぞれの国には、既に発注をかけている。

 これから業者を通じてコンテナ輸送に入り、11月中には日本へ入ってくる。


 そんな10月のある日、「社会人1年生チーム中心で集まらないか?」とグループLimeで連絡が入った。


 起案者は誠治で、俺、綾音、明日菜ちゃん、それに美桜にも送られていた。

 すると美桜から、星野と吉川も参加していいかと打診があった。

 俺たちはもちろんOKした。

 なんでも吉川が、どうしても明日菜ちゃんを見てみたいと言っているらしい。


 かくして週末、少しだけ懐かしいメンバーで集まった。

 俺、明日菜ちゃん、誠治、綾音、美桜、星野、吉川の7人だ。

 場所は全員が場所を知っている、吉祥寺のヴィチーノだ。


 驚いたことに新社会人の6人全員、引っ越しをしていない。

 学生の時に住んでいたところから、そのまま通勤している。


 オフィスの場所は、吉川が水道橋、美桜は丸の内、星野が京橋だ。


「小平から丸の内って、ちょっと遠くないか?」


「ううん、乗り換えが順調だったらドア・ツー・ドアでちょうど1時間かな。それに事務職だから残業もあまりないからね」


 乾杯の後、俺の質問に美桜は明るく答えた。

 星野も同じぐらいの通勤時間のはずだが、「会社まで遠い!」と不満げだ。

 学生の時は通学が徒歩10分だったので、その通勤時間には耐えられないようだ。

 そんなわけで、実は吉川と一緒に住もうかという話も出ているらしい。

 なんだかんだ言って、仲のいい星野と吉川だった。


「まだいいぜ。俺なんか横浜だから、通勤時間1時間半だからな」

 この中で一番通勤で大変な誠治が、不満げにそう言った。


「それにしてもさ……明日菜ちゃん、女優さんかと思ったよ。綾音さんも美人だし、明青大って女子全員レベルが高いの?」


「そんなわけないだろ? この二人は学校でも目立つレベルだったよ」


 吉川の疑問に俺がそう答える。

 吉川はさっきから明日菜ちゃんと綾音のことを、目をハートにして見ている。

 若干星野の機嫌が悪そうなのは、気のせいではないだろう。


 俺はこの飲み会の前から、ちょっと気になったことがあった。

 このメンバーだと、美桜以外は全員カップルだ。

 ちょっと美桜の肩身が狭いのでは……そう思っていた矢先。


「美桜も今、大変だもんね」

 星野が切り出した。


「ちょ、ちょっと恵子」


「大変って……何がだ?」


「美桜は今、人生最大のモテ期到来なんだよ」


 俺の疑問に、星野はそう答えた。


 いま美桜は、会社で6人の男性から言い寄られているらしい。

 同期の男性3人、先輩社員の男性2名、係長の1名。

 その他に別の部署の既婚者からもしつこく誘われていたらしいが、ずっと断り続けていたらなんとか諦めてくれたらしい。


 その6人のアプローチが、もう毎日かなり積極的らしい。

 複数で飲み会に誘われたり、タイミングを見て二人きりで誘われたり。

 プレゼント攻勢も、食べ物からアクセサリーまで大変らしい。

 もちろん明らかに高価だと思われるものは、受け取らないようにしているとのことだ。


「美桜ちゃん、美人でちょっと儚げなところもあって庇護欲をそそるところもあるからね。男としちゃあ、たまらないんじゃないの?」


「はい。美桜さん美人で大人っぽくて、素敵ですから」


 綾音と明日菜ちゃんの言葉に、美桜は少しはにかんだ。


「そっかー。美桜ちゃんはその中に、お目当ての男はいないの?」


「うーん、よくわからないかな。わたし不器用だから仕事を覚えるのが大変で……だから正直、そこまで余裕がないの」


 誠治の疑問に、美桜はそう答えた。

 多分美桜のそういうところを、男たちは『ほっとけない』と感じるんだろうな。


 それからお互いの仕事の話になった。

 誠治は研修も終わり、テリトリーを与えられて営業が始まったらしい。

 目標という名のノルマが与えられ、厳しい毎日を送っているそうだ。


 綾音は営業補佐として、マンション建設の事業計画とかを作成するセクションに配属。

 いかに数字のマジックで地主さんをごまかすのか等、業界の闇を感じている毎日らしい。


 吉川はまだ研修のような段階で、本人としては国内外の市場調査をするようなセクションを希望している。


 星野は商品開発の方を希望していたが、どうやら海外マーケティングの方へ配属になりそうで不満らしい。


「でも瑛太には驚かされたな。ちゃんと自分の希望通り、アジアでの仕事を1年目から任されてるんだろ? そういえば、また出張だって言ってたよな?」


「ああ。来週から10日間ぐらい、3カ国まわらないといけない」


 誠治の問いかけに、俺はそう答えた。

 プロジェクトでオーダーした商品の中で、出荷前に一部現物を確認したい物があった。

 それに今後の注文体制について確認しておきたいこともあった。

 そのために来週、再度出張予定だ。

 増田部長から「一人で行ってこい」と背中をたたかれた。

 ちょっと不安だが、仕事を任されているという嬉しさもある。

 インドネシアにも行く予定で、香織さんとも会う予定だ。


「それに明日菜ちゃんだって、来年同じ会社に行くんでしょ? 思い切ったわね」


「え? そ、そうですか? はい、まあ……」


 綾音からのツッコミに、明日菜ちゃんはたじろぐ。


「まあこの二人が、オレたちの中で最初に結婚しそうだな」


 誠治の言葉に、他の4人が口々に同意する。

 俺と明日菜ちゃんは、赤面するしかなかった。


 それから話題は、しばらく会っていない後輩たちの話題になった。

 エリちゃん、弥生ちゃん、海斗の3人は、順調に内定を手にしているらしい。

 エリちゃんは大手デジタルマーケティングの会社に。

 弥生ちゃんは大手工務店に。

 そしてマスコミ志望だったという海斗は、在京キー局のテレビ局へ内定が決まったとのことだ。


「3人とも全員、知名度の高い会社に決まったんだね」


「はい。弥生ちゃんは自分の家が工務店ですし、現場監督とかやりたいって言ってましたよ」

 明日菜ちゃんが俺の感想にそう付け加えた。


「結局アイツらも就職かぁ……学生の時は楽しかったなぁ。オレ、もう一回学生やりたいわ」


「もう……なにオッサンみたいなこと言ってるのよ」

 誠治のボヤキに、綾音がツッコむ。


 確かに楽しい学生生活だった。

 かけがえのない仲間たちがいた。

 でも……俺は今の生活も充実している。

 俺のやりたい仕事を提供してくれる会社があって、そして……隣には明日菜ちゃんがいる。

 こんなに幸せなことはない。


 ヴィチーノの店内で、俺たちの楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

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