No.186:海外出張


 2週間の海外出張は、俺にとってとても刺激的だった。

 増田部長にくっついて、ビジネスマナーから英語の使い方まで見て勉強した。

 各国の輸出業者との面談も、とても興味深かった。

 自分でも驚いたのが、英語はヒヤリングの方はほとんど問題がなかった。

 これはオンライン英会話の講師がフィリピン人で、アジアの英語に耳がなれていたのが良かったからかもしれない。

 ただし『自分から話す』方は、まだ問題も多い。

 なかなか自分の思ったこと、考えたことが英語として上手く出てこないケースがあって、もどかしく感じる場面も多かった。

 これはこれからの課題だ。


 俺は事前に社長と増田部長の許可をとって、バリ島の香織さんから紹介を受けた各国のコーディネーターの人たちともアポを取って会わせてもらった。

 もちろん増田部長も同行した。

 その人達は全員、日本文化をよく知った人たちだった。

 日本人の方もいたし、日本語が堪能な方もいた。

 なにより日本人が好きそうな商品を、よく知っていた。

 彼らと一緒に市街地のお店を回ったりしたのだが、雑貨やインテリア小物、食品など面白そうな商品をたくさん知ることができた。


 最後の訪問国、インドネシアのジャカルタでは香織さんに再会した。

 とてもエネルギッシュな香織さんは、あらかじめ俺たちが興味を持ちそうな商品をリストアップしてくれていた。

 また家具をOEM生産してくれそうな工場についても、いくつかの候補を教えてくれた。

 とても頼りになる人材だ。


 帰国後海外営業部でミーティングを開いて、今回の出張から取り扱う商品のおおまかな方向性を決める。

 そして個別の商品を現地の輸出業者とコーディネーターとやり取りして、決定していくのが俺の仕事だ。

 もちろん迷うようなことがあれば、隣の席の増田部長に相談する。

 増田部長の指示は常に簡潔明瞭で、俺としても非常にやりやすい。


 予算内で商品を仮決定したあとは、5階の営業部と社長を交えて最終調整だ。

 仕入れは俺たちの仕事だが、実際に業者へ卸すのは営業部・営業2課の仕事である。

 彼らだって売れる商品じゃないと、困るわけだ。


 そんな多忙な毎日が続いた8月の上旬。

 俺は久しぶりに増田部長に飲みに行こうと誘われた。

 それを横で聞いていた南野社長が「僕も行っていい?」と訊いてきた。

 もちろん断る理由もない。

 おそらく社長が奢ってくれることになるからだ。



「いやー仲代君、本当によくやってくれてるね。ここまで頑張ってくれるとは、正直いい意味での誤算だったよ」


 ビールで乾杯した後、社長は開口一番そう言ってくれた。


「本当にそうだよ。私はもっと商品選択に関与しないといけないかと思っていたけど、大半をもう仲代君に任せっきりだったからね。とても助かってるよ」


「いえ。増田部長から都度アドバイスを頂けるからですよ。それに香川さんと山口さんの意見もとても参考になってます」


 これは俺の本音である。

 増田部長はアジアプロジェクトに関して、大半を俺に任せてくれている。

 そして何か問題があるときには、気軽に相談できる雰囲気を作ってくれている。

 香川さんと山口さんにも、商品の画像を見せながら女性としての意見を求めている。

 おそらく小さな組織だからできることなんだろう。

 俺としては、本当にやりやすいのだ。


 今だってそうだ。

 こうやって社長が気軽に飲みに誘ってくれている。

 大きな会社だったら、こんな事はありえないだろう。


 そうはいっても、俺だって頑張っているという自負はある。

 現地の業者・コーディネーターとのやり取りは、一部の人を除いて全て英語だ。

 メールでのやり取りやビデオ会議を通じて、商品を吟味していく。

 そして予算を頭に入れながら商品リストを作成していく。

 増田部長に指示を仰ぎながらとはいえ、俺はまだ入社したての新人だ。

 自分でもよくやっている方だと思っている。


「ところでさ、仲代君。うちの明日菜のことなんだけどね……」


 社長がそう話し始めた。


「うちの会社に入りたいって言ってるんだよ。僕としては『それってどうなの?』って思うんだけど……仲代君、どう思う?」


「はい……それは自分も明日菜ちゃんから聞いてたんですけど」


 俺は明日菜ちゃんから聞いた話を伝えることにした。

 彼女は将来的にお父さんのお仕事を手伝いたいと思っていたこと。

 他の会社で働いた場合、いろいろと面倒なことが起きる可能性が高いこと。

 社長の娘として、且つ俺との関係がバレた環境の方が働きやすいと考えていること。


「へぇー、そうなのか。てことは、明日菜ちゃんはそこまで覚悟してるってことなんだな。仲代君、愛されてるねぇ」


「うーん、そういうことか。明日菜がそこまで考えていたとはねぇ……」


 社長も感慨深げだ。


「それに社長。明日菜ちゃん自身、とても優秀な人材だと思うんです。成績もいいですし、入社したら戦力になるんじゃないでしょうか」


「うん、その点は僕もそう思ってるよ。高校の成績も大学3年生までの成績も、とても優秀なんだ。だからその点は心配してないんだけどね……そっかー、そこまで考えているんだったら、反対する理由はないかな」


 社長は穏やかな笑顔でそう言った。

 でも……明日菜ちゃんが俺との関係を、そこまでの覚悟を持って考えているということを、社長も知ることになった。

 それに関しては……社長はどうなんだろうか。

 俺は一抹の不安を覚えたが、会話はそれからまたアジアプロジェクトの話題に戻ってしまった。

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