No.185:起こしちゃいましたか?
「……ん……あれ?」
「ふふっ、起こしちゃいましたか?」
俺の隣で裸の天使が微笑んでいた。
見上げた先の低い天井を見て、ここがロフトの上だということに気づいた。
「ごめん、寝ちゃってた」
「いいんですよ。お疲れですもんね」
「いや、そんなことはないんだけどね」
週末の二人っきりの時間。
やはり学生と違って、働くようになると土日のありがたみが分かるようになった。
フューチャーインポート社へ入社して1ヶ月が過ぎた。
それなりに多忙な毎日だったが、見るもの聞くものが全て新鮮で刺激的な毎日だ。
職場の人間関係も最高で、そっちのストレスはまったく無い。
八王子の巨大な自社倉庫にも、足繁く通った。
現状で会社が取り扱っている製品を把握するのは、とても大事だからだ。
社用車の軽四に乗って、同じく勉強中の岡山と一緒に倉庫へ行くことも多い。
再来週にはいよいよ、増田部長と一緒に海外出張である。
フィリピン、ベトナム、タイ、マレーシア、インドネシアの5カ国、2週間の出張だ。
その準備や事前調査など、やらなければいけないことは満載だ。
ただインドネシアへの出張ではジャカルタで香織さんとも会うことになっていて、久しぶりの再会が楽しみの一つでもある。
「仕事、どうですか? 楽しいですか?」
「ああ、忙しいけど楽しいよ。再来週からいよいよ出張だからね。ちょっと緊張してる」
「大丈夫ですよ。なんとかなります。お父さんも『仲代君、頑張ってるぞ』って言ってました」
「はは、そうなんだ。でも社長にはよく声をかけてもらって、すごく気にしてもらってるのがわかるんだ。なんだか申し訳ないくらいにね」
「それも社長の仕事なんじゃないですか?」
そう笑って、明日菜ちゃんは俺の胸の上に自分の頭を乗せてきた。
「そうそう、ところで明日菜ちゃん」
俺は気になっていたことを訊いてみることにした。
「就活はどうしてるの? なにかやりたい業種とかは?」
「もう……今さらですか?」
明日菜ちゃんは、少しだけ頬を膨らます。
前にも何度か同じことを訊いたことがあるのだが、その度になんとなく話をはぐらかされていた。
「私の就職先は、もう決まってます」
「え? そうなの?」
俺は声のトーンが上がってしまった。
「はい。私の就職先は、瑛太さんのお嫁さんです」
「え゛⁉」
「な、なんですか、『え゛』って。傷つきますよ、もう……冗談に決まってるじゃないですか」
「そ、そうなんだ」
「でもどうでしたか? 言われて嬉しかったですか? 嬉しかったですよね?」
明日菜ちゃんは足をパタパタさせ、俺の胸の上でキャイキャイと一人で盛り上がっている。
なにこの可愛い生き物。
「でも真面目に答えるとですね……フューチャーインポートで働きたいと思ってます」
「……マジで?」
「マジです。瑛太さん、イヤですか?」
「いや、イヤじゃないけど……」
「でもまあ、やりにくいはやりにくいですよね……」
正直それはちょっとやりにくいかも。
それに……社長だってやりにくいんじゃないかな?
「さっき瑛太さん、やりたいことはって訊かれましたよね。私は以前から、将来的にはお父さんのお仕事を手伝いたいとは思っていたんです。だから強いて言えば、それがやりたいことになるかもしれません」
「ああ、そうなんだ。そういうことだったんだね」
それなら納得できる。
「それにもし私が他の会社で働くとなったら……またいろいろと面倒なことが起こるんじゃないかとか思っちゃうんですね」
「? あーーーー」
そうか。
それは間違いなく起こるな。
明日菜ちゃんが大学1年生の時に起こったようなことが。
今の明日菜ちゃんは美少女だった頃に比べ、なんというか……オトナの雰囲気まで持ち始めている。
多分それは、俺とロフトの上でこういうことをしていることも関係しているかもしれないが……とにかく彼氏の俺から見ても、今の明日菜ちゃんはもう世界最強レベルなのだ。
そんな明日菜ちゃんが一般企業で普通に働いていたらどうなるか……。
考えただけでも恐ろしい。
「だからお父さんの会社だったら、安心だと思うんです。一応社長の娘ですし、瑛太さんの彼女ってことが最初から分かっていれば……多分私も働きやすいかなあって」
なるほど。
ある意味逆転の発想なのか?
一応俺も社長の娘と付き合っているということは、特に隠さず周りに話している。
でもそれって……もし二人が破局した場合、完全に終わるだろ?
明日菜ちゃんは、そこまで腹を括っているということなんだな。
「それ、社長に相談した?」
「はい、この間初めて話しました」
「なんて言ってた?」
「もの凄く微妙な顔をして『うーん』って唸ってました」
「……だろうね」
俺が社長でも、同じリアクションをするだろうな。
でも明日菜ちゃんは、そこまで考えてくれている。
俺との関係を、そこまで覚悟してくれている。
俺は嬉しいし、明日菜ちゃんを応援しないといけない立場だろう。
「わかった。機会があれば、社長にも俺から話してみるよ」
「本当ですか? はい、お願いします。多分お父さんは、瑛太さんがどう思っているのかも気にしていると思うんですね」
「そっか。そうかもしれないね」
でも……俺は少し想像する。
明日菜ちゃんと同じ会社で働くという未来。
それはそれで……めちゃめちゃ楽しくないか?
俺はちょっとにやけた顔で、明日菜ちゃんの身体を抱き寄せた。
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