No.184:新社会人

 4月1日。

 俺を含めた新入社員の3人が、5階のフロアに集まった大勢の社員の前で挨拶をし終えたところだ。

 拍手に包まれた俺たち3人は、全員緊張した面持ちだった。


 初日の午前中は3人とも会議室に集められ、総務部の石川さんという女性の方から書類の説明や定期券の交付などの手続きに終始した。

 午後からはそれぞれの部署に入って、挨拶と配られた資料に目を通す。

 

 あっという間に定時となり、退社を促された。

 部署別の歓迎会は後日ということだったので、せっかくだから帰りは新人3人で軽く飲みに行こうという話になった。



「乾杯!」


 俺の正面に座っている巨漢でガッシリした男子の野太い声を合図に、俺たち3人はグラスを合わせた。


 今年の新入社員は男子2名、女子1名の合計3名。

 このことは入社前に、社長から聞いていた。


 俺の正面に座っているのが、岡山健吾おかやまけんご

 大西文化大学のアメフト部出身で、身長が185センチ・体重93キロという巨漢である。

 趣味がジム通いと、週末はフラッグフットボールという「防具をつけないアメフト」のようなスポーツを楽しむという根っからの体育会系だ。

 俺の兄貴を二周りほどパワーアップさせたような雰囲気の大男である。


 もう一人、俺の横に座っている女子が山口楓やまぐちかえで

 都内の某女子短大の英文科卒。

 誕生日を迎えていないから、まだ二十歳とのことだ。

 ショートカットに小柄で細身。

 クリっとした目元が可愛らしく、高校生と言われても信じてしまうだろう。

 趣味は読書と食べ歩きという、どちらかというと文系女子の印象が強い。


「同期3人、仲良くやっていこうぜ!」

「ああ、よろしくな」

「よろしくお願いします」


 声が無駄にデカい岡山に、俺と山口さんはかなり押され気味だ。


「でも仲代と山口さんは同じ海外営業部なんだな。フロアも違うし羨ましいぞ」


 そういう岡山は、5階の営業部・営業2課に配属。

 ちなみに営業1課は、主に欧州からの高級家具を取り扱っている。

 営業2課はそれ以外の食品や雑貨、これから始まるアジアからの商品等を取り扱う。


「ああ。でも岡山は営業部だから、これから社内にいる時間のほうが少ないんじゃないか?」


「でも6階って、海外営業部だけなんですよね。ちょっと寂しくないですか?」


 山口さんの言う通り、6階に入っているのは俺と山口さんの所属する海外営業部だけで、ほかの部署は全て5階に入っている。


 もともとフューチャーインポート社は5階のフロアだけを借りていた。

 ところが人数が増えて手狭になってきたので、6階も新たに借りて国際営業部と社長室、応接室と社員用の休憩室という間取りになった。


 だから5階には50人前後の人員がいるが、6階は社長と俺たちを含めて5人しかいない。

 残りの社員は、八王子の倉庫勤務となっている。


「でも将来的には人員を増やしていく予定らしいぞ。国際営業部も業績が順調なら来年はもっと採用予定らしいし、自社で通販チャンネルとか構築できそうであればやっていきたいって社長が言ってたから」


「? 仲代、えらい詳しいな。なんでそんな事知ってるんだ?」


 しまった……口が滑ってしまった。

 これは先日明日菜ちゃんの家にお邪魔した時に、食事をしながら社長から聞いたことだった。


 俺は逡巡したが……遅かれ早かれバレることだろう。


「いや、実はな……」


 俺は社長の娘と付き合っていることを話した。

 同じ大学の1年下の後輩だということも。


「なに⁉ マジでか⁉」

「えー⁉ そうなんですか⁉」


 まあ予想通りの反応だった。


「でも……仲代さん、思い切りましたね。それってちょっといろいろとリスクがあるんじゃないですか?」


「ああ、それは俺も少し思ったよ。でもそれよりも、この会社なら面白そうな仕事ができそうだって思ったことの方が大きかったからね」


「そうなんだな。俺は普通の会社はここしか内定をもらえなかったからなぁ。あとはブラックで名高い企業ばっかりだったし」


 俺たちは就活のことや学生生活のことを語り合った。

 岡山も山口さんも、今は彼女・彼氏はいないらしい。

 山口さんはここ以外にも何社か内定をもらったらしいが、「なんかすごく楽しそうな会社だったから」というのが決め手だったそうだ。


「確かにこの会社、雰囲気いいよな。営業部の先輩も上司も、気さくで全然偉ぶらないし」

 

「ええ、社長自身がそんな感じですもんね。うちの部の香川さんもすっごく気さくな方ですし」


「ああ、香川さん面白い人だよね」

 俺は山口さんの意見に同意する。


 国際営業部のもう一人の女性は香川文乃かがわふみのさん。

 アラサーの既婚者で、現在妊活中と本人が堂々と言っていた。

 国立の関東外国語大学卒でペルシャ語専攻という、ちょっとレアな経歴の持ち主だ。


「わかんないことがあったら、なんでも訊いてね。で、私もわかんなかったら、部長に訊いてね」


「おいおい、そこは『私も調べるから』とかじゃないの?」


 こんな感じで増田部長とのコンビネーションも抜群だ。

 ただし増田部長いわく、仕事面は極めて優秀とのことだ。

 これまで種々雑多な海外営業部の雑務を、一人でバリバリとこなしていたらしい。

 だだ最近仕事が増え、さすがに本人からも増員要請があったとのことだ。

 それにいつ出産・育休に入るかもわからないので、山口さんが新たに増員として採用されたと聞いている。

 つまり海外営業部は増田部長、香川さん、俺と山口さんの新人2名、加えて社長の5人体制という少数精鋭(?)の部署である。

 ちなみに課長はいない。


「でもさ、俺たちが働いて会社を大きくして……10年後には優良企業とか言われる会社になってたら面白いよな」


「ああ、そうだな。俺はそうなる可能性は高いと思ってるよ」


「私は……その頃までクビにならないように頑張ります」


 三者三様の思いを胸に、俺たち3人の新人生活が始まった。

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