No.182:初詣
年明けの1月2日、俺たちは恒例の初詣に繰り出した。
今年も美桜は帰省中だったが、かわりに小春ちゃんが参加して8人になった。
毎度のことながら、初詣の帰りは綾音のアパートで鍋パーティーだ。
いい機会だと思い、俺は海斗とエリちゃんに訊いてみた。
「二人は……もう付き合ってたりするの?」
「えっと……微妙です」
「は⁉ 微妙なのかよ⁉」
どうやら二人の間に認識の相違があるようだった。
でも……明らかに二人の距離は以前よりずっと近くなっていた。
「小春ちゃん、来年からデザイン専門学校なんだってね。楽しみじゃない?」
綾音が小春ちゃんに問いかける。
「そうなんです。やっぱり絵を書くのが好きだから、楽しみですね。でも大学生みたいに毎日お酒とか飲んで、ウェイウェイできないのが残念です」
「だから俺たちだって、やってこなかったからね」
俺は一応ツッコんでおく。
それに大学生だって、楽じゃない。
特に俺たち4年生は、この1月は地獄だ。
卒論の締切と後期試験が同時にやってくる。
下手に単位を落とそうものなら、卒業自体も危うい。
特に誠治だが……。
「そう言えば来週、孝太郎さんがお仕事で東京へ来られるんですよね」
「兄貴が? いや、俺聞いてないけど」
弥生ちゃんの突然の言葉に、俺はびっくりする。
そもそも兄貴が出張で東京で来るとき、俺に知らせてくることは今まで一度もない。
「え? そ、そうだったんですか?」
弥生ちゃんがあからさまに動揺している。
「なんで弥生ちゃん、そんなこと知ってるの?」
「えっと……その……瑛太さんのご実家に遊びに行った時に、孝太郎さんとLimeの交換をしたんですよ。それでたまに連絡を取りあってるっていうか……」
「そうだったんだ。俺、全然聞いてなかったよ」
まあ俺の友達とLimeをするぐらい、別に咎めることじゃない。
ただ今度兄貴に会ったとき、小一時間ぐらい問い詰めたいと思う。
超多忙な1月をなんとか乗り越え、卒論も後期試験も終了した2月の上旬。
明日菜ちゃんが車で俺を助手席に乗せ、立川にある紳士服の仕立て屋さんに連れて行ってくれた。
指輪のお返しに、スーツを仕立ててプレゼントしてくれるらしい。
俺はスーツは一着しか持っていない。
就活用に紳士服チェーン店で購入した一着のみだ。
オーダースーツなんて、高くてとても仕立てる気にはなれなかった。
ところが明日菜ちゃんが社長に聞いてみると……
「僕がいつも作ってもらってるところへ行くといい。安くていいものを作ってもらうように言っとくから」
そう言って社長御用達の仕立て屋さんに話をしてくれたそうだ。
一応予算も指輪の値段と同じぐらいということを伝えてもらっているらしい。
小一時間ぐらいのドライブで、フューチャーインポート社のオフィスのすぐ近くにある小さな紳士服のお店に到着した。
「こんにちは。ご連絡を差し上げた南野です」
先にお店に入った明日菜ちゃんがそう言うと、奥から眼鏡を掛けた上品そうな老紳士が出てきてくれた。
「はいはい、お待ちしてましたよ。うわー南野社長のお嬢ちゃん、こんなに大きくなられて……それもえらい別嬪さんだ。お父さんによく似てきたねぇ」
お店の店主らしきおじさんは、感慨深げにそう言って眼鏡の奥の目を細めていた。
明日菜ちゃんも小さい頃、社長に連れられて何度か来ていたそうだ。
一通り世間話を終えたあと……
「そうそう、そちらの彼氏のスーツをお作りするんだったね。ではまず生地を見てもらえますか?」
そう言っておびただしい数の生地が置いてある奥のスペースへ案内してくれた。
「社長の方から予算を先に伺っていてね。本当はその予算だとあまりいい生地はつかえないんだけど、今回は特別にサービスさせてもらうからね」
「本当ですか? ありがとうございます」
「まず生地はイタリアやイギリスからの輸入物が有名だけど、私のお勧めは日本産のものなんだよ。それも尾州、つまり愛知県の工場で作られたものがお勧め」
尾州産の生地は滑らかで耐久性も有り、日本の気候風土にもあっているという。
本当はその生地でスーツを作れば、予算の倍以上は軽くかかるらしい。
ただ若者向けの色の生地が余っているらしく、その色であれば在庫処分の意味で予算内でなんとか収めてくれるとのことだ。
ありがたい話である。
色は2色限定で、無地のダークグレーか無地の濃紺。
俺は今持っているスーツがダークグレーだったので、濃紺の方の生地を手に取った。
手触りがスベスベで、生地自体がしっかりしている。
少なくとも今のスーツよりは、ずっと高級品であることが俺にだってわかった。
俺はその生地でお願いすることにした。
丁寧に採寸をしてもらって、今日のところは終了。
引き取りに来た時に試着して、手直しが必要かどうかチェックしてくれるらしい。
「実は自分も南野社長の会社で4月から働くことになったんです。あの……ボーナスが出たら、またスーツを作りにきますね」
「うんうん、南野社長から伺ってるよ。それじゃあ余計にサービスしないといけないねぇ。これからもどうぞご贔屓に」
おじさんは笑顔でそう言って、丁寧にお辞儀をした。
俺と明日菜ちゃんはお礼を言って、店を出た。
「もう一回、取りに来ないといけませんね。またドライブがてらに来ましょう」
「ありがとう。なんだか悪いね。スーツだって安くないのに」
「なに言ってるんですか。この指輪だって安くなかったじゃないですか。だからお返しですよ」
そう言って明日菜ちゃんは、左手の指輪に視線を送った。
俺はスーツの出来上がりが、とても楽しみだった。
早速3月の卒業式に着ていくことにしよう。
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