No.181:クリスマスプレゼント
秋は駆け足で過ぎていき、12月に入ると街中がクリスマス一色に変わっていった。
ヴィチーノのバイトが忙しくなる、クリスマス前のある日。
俺のアパートのロフトで……俺の腕枕の上で明日菜ちゃんが左手を上にかざしながら、さっきからニヤニヤが止まらない。
「ふふっ」
「そんなに嬉しいもんなの?」
「そんなに嬉しいもんなんですよっ」
そう言って明日菜ちゃんは、俺に抱きついてきた。
その左手の薬指には、ホワイトゴールドの指輪が輝いていた。
時を少し戻して、12月の最初の日曜日。
俺の部屋でお好み焼きを食べ終えた明日菜ちゃんは、テーブルの正面に座っている俺に向かって元気よく挙手をした。
「はい、瑛太さん!」
「はい、明日菜ちゃん。発言を許可します」
「欲しいクリスマスプレゼントがあります!」
「ああ、そういえば……去年言ってたよね。だから2年分のクリスマスプレゼントだ」
「そうですね……ちょっと高いものになっちゃいますけど、いいですか?」
「なんだろ。ちょっと聞くのが怖いな」
「えっとですね……指輪が欲しいです」
そう言って明日菜ちゃんは、下を向いてちょっとモジモジした。
可愛すぎて、指輪だろうがマンションだろうが買ってあげたくなる。
「うん、わかった。あんまり高いものは買ってあげられないけど」
「予算はですね……3万円台なんですけど、大丈夫ですか?」
「え? それぐらいでいいの?」
俺は5万、いや物によっては10万とか言われるかと思った。
「はい。それで一緒に見に行ってもらえませんか? ネットでも注文できるんですけど、サイズとかもあるので……本店は銀座なんですけど、新宿にも何店舗かありますから」
「うん、いいよ。行こう」
そのブランドは俺でも聞いたことのある、日本のジュエリーブランドだ。
次の週の学校帰りに、新宿の路面店のお店に行ってみた。
クリスマスシーズンのせいだろう。
客の大半が俺たちのようなカップルだった。
「これです」
明日菜ちゃんがショーウィンドの上から指をさした指輪は、ホワイトゴールドのリングに小さなダイヤモンドがいくつか散りばめられた、とても清楚で可愛らしいものだった。
彼女にぴったりなチョイスだと思った。
どうやら指輪の素材によって、値段が大きく変わってくるようだ。
シルバーの指輪だともっと安いものもあるが、逆にプラチナだと3倍くらいの値段のものもある。
予算的にも、俺に配慮してくれたのは明らかだった。
俺たちはその指輪を買うことにした。
ところが残念なことに、その店に明日菜ちゃんに合うサイズがないらしい。
他の店から在庫を取り寄せるということで、また後日取りに行くことになった。
そして今日の午後、二人で指輪を取りに行った。
支払いを済ませてショップを出て、久しぶりに新宿で一緒に食事をしたあと俺のアパートへ戻ってきた。
明日菜ちゃんは嬉しそうに、包装紙をはがして指輪の箱を取り出した。
そしてキラキラした目で箱を開けて、俺の方へ手渡してきた。
「はめてもらえますか?」
俺は緊張しながら、指輪を明日菜ちゃんの左手の薬指にはめた。
細くて白い指に、控えめなダイヤモンドが施されたホワイトゴールドのリングがとても似合っていた。
明日菜ちゃんは、じっとその指輪を見つめていた。
頬を少し赤らめて、とても嬉しそうだった。
そして勢いよく俺に抱きついて、足をパタパタさせた。
「うーーーっっ、可愛いです! 嬉しいです! 瑛太さん、ありがとうございます!」
声が半分裏返っていた。
「可愛いデザインで、よかったね。よく似合ってるよ」
「ですよね⁉ ですよね⁉ 可愛いですよね⁉」
そう言ってもう一度、俺に抱きついた。
俺の胸から顔を上げて、潤んだ目で俺を見上げる。
俺は明日菜ちゃんの唇に、そっとキスを落とす。
キスがどんどん深くなって、キスだけじゃ終わらなくなって……いろいろあって、ロフトの上で裸の二人が横たわっている。← イマココ
「俺も初めて、女性に指輪を贈ったよ」
「え? そうだったんですね。やったー! 瑛太さんの初めて、もう一つ頂きました」
「……明日菜ちゃん、言うようになったね」
「……ごめんなさい……今のナシで……」
笑った俺の胸の上に、明日菜ちゃんが自分のオデコを当ててきた。
自分で言って、恥ずかしかったらしい。
「でも……今年は本当に欲しかったんです。指輪」
「そうなんだ」
「だって来年4月から、瑛太さん大学にいないんですよ」
「ん? まあそうだね」
「だからこれはお守り、魔除けです」
「……そっか。なるほどね」
魔除けというよりは、多分『男よけ』の意味合いが強いんじゃないかな。
「ジュエリーショップで見たけど、指輪も本当にピンキリだね」
「そうですね。アクセサリー用からブライダル用までありますからね。値段だってピンキリですよ」
「そっか。でも明日菜ちゃんが手頃なものを選んでくれてよかったよ」
「えっ? じゃあもっと高いものでも、よかったんですか?」
明日菜ちゃんはいたずらっぽく笑って、俺の顔を見上げた。
「いや……正直5万とか10万とか、一瞬それぐらいは覚悟したよ」
「まさか。それは学生には高すぎますよ。そういうのは婚約指輪とかに取っといて下さい」
明日菜ちゃんは明るくそう言ったが、すぐにハッとした様子で俺の胸の上で俯いた。
「ご、ごめんなさい……とくに深い意味はないですから……」
「いや、大丈夫だよ……ていうか、明日菜ちゃんはさ」
俺も勢いに乗っかって、ノリ半分で聞いてみる。
「俺からその……そういう指輪とか……将来欲しいとか思ってくれてる?」
「はい。もちろんです」
明日菜ちゃんは即答した。
「だって瑛太さんは私の初恋の人で……初めての男性なんですよ。このままずっとずっとずーーーーっと一緒にいたいって、思ってるに決まってるじゃないですか!」
明日菜ちゃんは、どこまでも純粋で素直でまっすぐで。
そして、いつだって正直だ。
俺はそんな彼女の言葉が、とても胸に響いた。
すごく嬉しかった。
「そっか。ありがと」
「瑛太さんは違うんですか?」
明日菜ちゃんは心配そうに、俺を見上げる。
「いや、俺も同じだよ。そうなったらいいなって思ってる。そうなるように頑張るよ」
「はい、私も頑張りますね」
「明日菜ちゃんは頑張らなくても、俺が頑張んないといけない感じだけど」
「でも……初めての男性とは、結婚できないケースの方が多いらしいんですよ」
明日菜ちゃんが少しシュンとする。
「それ、誰情報?」
「弥生ちゃんです」
「やっぱり!」
なにげに経験豊富な弥生ちゃんの話は、少し説得力がありそうだから困る。
「重たくなったら言ってくださいね」
「重たいなんて思うことはないよ。明日菜ちゃん、こんなに軽いじゃない」
「きゃっ! もー」
俺は明日菜ちゃんの軽くてしなやかな身体を、自分の身体の上に抱き寄せた。
そのまま深いキスをすると、彼女の熱い吐息が俺の脳を刺激する。
もう少しだけ、二人の熱い時間が過ぎていった。
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