No.177:フューチャーインポート社

  

「瑛太君、こんにちは。いやー、驚いたよ」 


「お忙しいところお時間を割いて頂いて、ありがとうございます。南野社長」


「? ああ、そうか。ここは会社だったね」

 真一郎さん、いや南野社長は柔らかい笑顔で俺の向かい側のソファーに座った。


 昨日俺が電話をしたあと、南野社長は夜になって俺の携帯に折返し連絡をくれた。

 俺は雑誌のインタビュー記事を読んだことを話した。

 そして採用を含めた詳しい内容を是非お聞きしたいと、面談の依頼をした。


 社長は最初驚いていたが、翌日の午後に早速時間を作ってくれた。

 フューチャーインポート社の本社は、JR中央線立川駅から徒歩5分。

 俺のアパートの最寄り駅、西荻窪から30分もかからない。

 オフィスビルの5階と6階の2フロアーに会社は入居していた。

 俺は6階の応接室に案内されて、いま社長と向かい合っている。


「そっか、あの記事を読んでくれたんだね。あの後反響が大きくてね。採用に関する問い合わせとか、取引先からは取扱商品の問い合わせとかも増えているんだよ」


「そうだったんですね。それで……もし採用の計画とかがお有りでしたら、是非お話を伺いたいと思いまして」


「うん。でも瑛太君、たしか……カワセ電気資材から内々定をもらっているんじゃなかったっけ? 明日菜から聞いたんだけど……カワセ電気資材っていえば、業界シェアトップの優良企業じゃないか」


「はい、それはそうなんですが……」


 俺は自分の思っていることを、包み隠さず全て社長に話した。

 きっかけは2年生の時に行った、バリ旅行であること。

 そこでの見聞に、感銘を受けたこと。

 香織さんと出会って、ビジネスコーディネーターという仕事に興味を持ったこと。

 そしてそれとは逆に、自分の好きな海外の商品を日本で紹介して輸入販売するような仕事にめちゃめちゃ興味を持ったこと。

 そのために英語の勉強を始めたこと。

 就活でそのような企業にも応募したが、結果がついてこなかったこと。

 そしてそのタイミングで……あの記事を目にしたこと。


「なるほど、そうだったんだね。瑛太君、それは貴重な経験をしたね」


「はい、自分の中では衝撃的な経験でした」


「まあ初めての海外旅行ということもあったから、よけいにそういう印象を持ったのかもしれないね」

 社長はにこやかに笑って、そう言った。


「もちろん憧れとかだけでできるような甘いことじゃないことは十分承知しているつもりです。それに……英語力だって不十分かもしれませんし」 


「瑛太君、TOEICのスコアはどれくらい?」


 そう訊かれて、俺は正直に直近のTOEICのスコアを答えた。


「ああ、それならとりあえずは大丈夫かな。英語に対する拒否反応がなければ大丈夫だよ。使っているうちに、うまくなっていくものだし……それに特にアジアだったら、相手だってネイティブじゃない場合も多いからね。もちろん継続努力は必要だけど」

 俺を落ち着かせようとしているような口調で、社長はそう言ってくれた。


「これは僕の持論なんだけど、言語っていうのは単なるコミュニケーションツールの一つに過ぎないと思うんだ。コミュニケーションの方法って、なにも言葉だけじゃないでしょ? ジェスチャーだったり表情だったり、あるいは筆談だったり。僕だって商談で、絵を書いて説明することも多いんだよ」

 落ち着いた口調で、社長は更に続ける。


「いちばん大事なのは、お互いが伝えたいと思い合える環境をつくることなんだ。ビジネスだったら相手の立場に立って、その相手にもメリットのある提案をする。そうすればお互いにもっとその内容を知ろうとする。そうなったら、語学のディスアドバンテージなんて些細なことだと思うよ。それに込み入った契約の話になるときには、さすがに僕たちだって通訳さんを連れて行くからね」


「そういうものなんですね」


 社長が気を使ってくれているだけなのかもしれないが、俺のTOEICスコアに対する劣等感は少しだけ軽減された。


「で、話を採用の件に戻すね。うちの会社がアジアで始めようとしている業務は、多分瑛太君のやりたいことを100パーセント近く満たすことができると思うよ」


「本当ですか?」


「うん。それからもう一つ、せっかくだから話すけど……あのインタビュー記事では明らかにしなかった、もう一つのプロジェクトがあるんだ」


「もう一つのプロジェクト……ですか?」


「そう。うちの会社はいままで家具や雑貨を中心に輸入卸・販売をしていたんだけど、自社製品の製造販売をしようと考えているんだ。主に家具が中心になるんだけどね」


 それから社長はプロジェクトの詳細を話し始めてくれた。


 雑誌のインタビューにもあった通り、もともとフューチャーインポート社は社長のお父さんの代に欧州高級家具の輸入を中心に創業し、現社長の代になって雑貨や食品など品目を増やして成長を続けてきた。

 業績は好調で、ここ3期は増収増益が続いているらしい。


「ただ高級家具路線だけだと、どうしたって景気に左右されやすいんだ。それと僕の父親の代に開拓したお得意様たちも高齢になってきて、既に亡くなられている方も出てきている。そしてその次の世代の方々が、必ずしも高級家具に興味を持つとは限らないしね。あとは記事にもあった通り、マーケット全体の趣向の変化だね」


 そこで新たなコンセプトの商品ラインナップを自社で開発し、製造販売しようと計画した。

 コンセプトとしては『ヨーロッパ調の洒落たデザインと、木のぬくもりの融和』ということらしい。


「今日本のマーケットの家具って、機能的に優れていて価格も手頃なものが主流になってきてるよね。確かに最大公約数を狙うのはマーケットの定石ではあるけれど、どれもデザインが凡庸じゃないかな? たしかにあのスウェーデンが本社の家具についてはデザインは面白いけど、色使いがビビッドな物が多くて『落ち着く』ものとは少し違う」


 そこで社長が懇意にしているフランスやイタリアのデザイナーにデザインを依頼し、それを元にアジアで家具を製造していくという計画だ。


「もちろん自社工場となるとコストが尋常じゃない。だからうちの会社のブランドでOEM生産してくれる提携工場を探さないといけないんだけど……これがなかなか一筋縄ではいかなくて、困ってるところなんだ。候補としては中国、タイ、マレーシア、ベトナム、インドネシアあたりなんだけど……どの国も一長一短でね。情報がまだ不十分なこともあって、なかなか先には進まないんだ」


「そうだったんですね。因みに記事にもあったんですけど、海外部門は社長と海外営業部長のお二人でやられているんですか?」


「そうだね。実際海外の出張とか折衝は、僕と部長の増田君と二人でやってるよ。僕は欧州で手がいっぱいだから、アジアの件は増田君中心にやってもらってるんだけど……それでも人手が全然足りないんだ。だから新しい人材が今すぐ必要なのは本当だよ」


「そうなんですね」

 なんだか聞く限りは、大変そうだな。


「そう言えば増田君も、明青大のOBなんだよ。もの凄く優秀な男で、総合商社でくすぶっていたところを僕が引っ張ってきたんだ。もっと具体的な仕事の話とか聞けると思うから、一度会ってみるかい?」


「えっ? 本当ですか?」


「ああ、今八王子の倉庫にいると思うんだけど……ちょっと連絡してみるよ」


 社長はその場で、連絡をしてくれた。


「今日はちょっと無理みたいなんだ。明日の午前中とかどうかな? 二度手間で申し訳ないけど」


「とんでもないです。是非伺わせて下さい」


 結局社長は、増田部長と明日の午前10時でアポを入れてくれた。

 明日はもっと、具体的な仕事の内容が聞ける。

 俺は緊張しながらも、期待で胸を膨らませていた。

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