No.174:就活戦線
5月のゴールデンウィークも明けた。
俺は連日、会社訪問に明け暮れた。
やはりできるだけたくさんの会社を回って、間口を広げることは大切だ。
たくさん企業訪問をしたおかげか、面接にも慣れてきた。
面接のノウハウみたいなものも、少しずつ分かってきた。
そしてそれが少しずつ成果に繋がっていく。
埼玉県に本社のある、東証2部上場の医療系資材の専門商社『山下医療産業』。
そこで担当してくれた方が、俺をかなり気に入ってくれたようだった。
感触がとても良かった。
2度目はオンラインでの面談となったが、そのときは明らかに上席の方と思われる方も参加されていた。
後日連絡します、と言われて今も継続中だ。
もう一つは東京に本社のある産業資材や電設資材の製造卸会社『カワセ電気資材』。
東証一部上場で従業員数も1,200人以上。
一般的な知名度は低いが、日本での業界シェアトップの隠れた優良企業だ。
そこで初めてお会いした担当者が長野出身の方で、偶然にも俺の隣の中学を卒業された方だった。
ローカルの話題で盛り上がり、俺のお袋がパートで働いている道の駅にも何度か行ったことがある、と話していた。
緊張もなく楽しく面談ができたせいか、その担当の方にもかなり気に入ってもらえたようだった。
日を改めて、その会社の先輩社員とファミレスでお会いした。
いろいろと有意義な話を聞かせてもらった。
こちらとしては実際に働いている方からの貴重な情報だし、その先輩社員にとっては実質面接的な意味合いもあったと思う。
話を聞く限りではとてもホワイトで、働きやすそうな会社という印象が強く残った。
そんな中で、俺は海外部門に繋がるような業種・職種も探っていた。
あのバリ島での出来事が、どうしても忘れることができなかったからだ。
ただそもそも大手商社とかは、うちの大学からだとハードルがかなり高い。
会社説明会の予約自体取れない会社もあるし、10社以上はエントリーシートを送ったがほとんど通過しないような有様だ。
それに海外部門となると、やはり語学力が重視される。
残念ながら、俺のTOEICスコアはその基準には到達していない。
やはり外国語学部だったりTOEICスコアが高い学生の方が優遇されるだろう。
これは仕方ないことだ。
それでも数社の会社説明会に参加したが、海外部門で手応えのある結果は得られなかった。
また残念なことに、現状俺が手応えを感じている山下医療産業もカワセ電気資材も、海外とのやり取りは全て商社を通じて行っている。
したがって海外との直取引する業務はない、とのことだった。
残念と思う一方で、やはりそうだろうなとも思った。
夢や憧れだけで仕事が選べるほど、世の中は甘くない。
そんな現実に直面しただけだ。
誠治や綾音とも、頻繁に情報交換をした。
誠治もやはり、いろいろと苦戦中らしい。
手応えのいい会社は、中堅の専門商社1社だけらしい。
飲料・酒造メーカーも手当たりしだいにエントリーしているが、手応えはいまひとつということだった。
逆に綾音は、かなり好調らしい。
今のところ既に大手ゼネコンや金融、保険会社など5-6社から好感触を得ているとのことだ。
胸元がパツパツのリクルートスーツ姿の綾音を見て、誠治は「やっぱ女子は見た目なのか?」と疑問を呈していた。
6月に入っても俺は就活を続けたが、状況は好転しなかった。
この時期になると、企業は学生に内々定を出し始める。
正式な内定解禁は10月からだが、企業側は優秀な学生を早めに確保するため内々定という形で拘束をはかる。
6月の終わりに、俺は2社から内々定を受けた。
俺が最後まで手応えを感じていた山下医療産業と、カワセ電気資材の2社だ。
他の会社からは、結局お声はかからなかった。
一方で内々定を出してくれた2社からは、非公式に『本気でうちの会社に来てくれるのか、意思確認をしたい』とせっつかれていた。
俺は誠治と綾音とも情報交換をしたが、やはり内々定を出してくれた企業を長く待たせるのは良くないというか、マナー違反のようだった。
企業側だって学生に辞退されたら、採用人数計画が狂ってくる。
俺は7月に入ってから、山下医療産業の方に内々定辞退の連絡を入れた。
俺の中では、カワセ電気資材で決めてもいいかなと考えている。
会社規模も給料も福利厚生も、会ってもらった先輩社員の印象も凄くよかった。
一方で大手商社への最後のアプローチは続けていた。
ひょっとしたら内定辞退者がでて、スペースが生まれるかもしれない。
そんな一縷の望みを捨てきれなかった。
7月の半ばには試験が始まった。
ゼミのレポート提出もある。
俺たちは多忙を極めた。
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