No.171:もう一つのクリスマス
瑛太と明日菜ちゃんのクリスマスパーティーの前日。
「はい誠治、おまたせ」
「おー、悪いな。綾音の寄せ鍋、美味いんだよなぁ。楽しみ~」
ウチは鍋をちゃぶ台の真ん中に乗せる。
そのまま蓋を開けると、白い湯気が立ち込めて美味しそうなにおいが広がった。
誠治はお茶碗2つに、炊飯器からご飯をよそってくれた。
ウチはお鍋を取り皿に取り分ける。
「それじゃあ食べよっか。いただきます」
「いただきます」
二人で鍋を食べ始めた。
寒い夜は、やっぱり温かい鍋が美味しい。
今日ウチと誠治は二人とも、ヴィチーノのシフトが外れていた。
せっかくなのでどこかへ行こうかと計画をしていたんだけど、なかなか行くところが思いつかなかった。
だったらウチの部屋で鍋でも食べようということになった。
ちなみにここで誠治と二人っきりになるのは、これが初めてだ。
8月から瑛太と明日菜ちゃんは付き合い始めた。
そしてそれ以降……誠治のアプローチが全開になった。
時間があると、誠治はウチを遊びに誘った。
一緒にお茶をしたり、カマール・マカンで食事をしたり、居酒屋に飲みに行ったり。
もちろんウチも嫌じゃないので、一緒に行動していた。
二人っきりになると、誠治はますます遠慮しなかった。
所構わず、気持ちをぶつけてきた。
『綾音、好きだぞ』
もう何回言われたか、わからない。
その度にウチは顔を赤くして「も、もう……わかったから」と俯くしかなかった。
もちろん嫌じゃなかった。
誠治には、他の女の子の気配は感じられない。
そんな誠治に、ストレートにそう言ってもらえるのは素直に嬉しい。
一緒に遊びにいく回数も増えた。
誠治はいつもウチに気持ちを伝えてくれる。
ウチだって、一緒にいて楽しい。
ウチは正直……もう半分付き合っているような気分だった。
それでも……ウチは最近、ちょっとした違和感を感じていた。
今は12月だから、8月からもう4ヶ月近く経っている。
あの女好きと言われている誠治が……告白どころか全然ウチには手を出してこない。
手も握ってこないし、キスされそうになったこともない。
もちろん足下が危ない場所とかでは、手を差し出して支えてくれたりする。
でも……その……いわゆる恋人のような雰囲気で、手を繋がれたことがない。
ましてやそれ以上のことなんて、気配すら感じられなかった。
まさか、もう飽きちゃったとか?
でもそれは絶対にない。
いつも好きだって言ってくれるし、その視線とか雰囲気とかでわかる。
誠治はいつも、ウチを包み込んでくれている。
そこは安心できるんだ。
ウチは一つの可能性を思いついていた。
「誠治さぁ」
「ん?」
「あのさ、ひょっとして……何か不安だったりする?」
「……」
誠治はわかりやすく動揺した。
そして缶ビールを口につけて、2-3口飲んだ。
どうやら図星だったらしい。
「そりゃあな……その……瑛太のこともあるし」
「バカね……そんなのとっくに、気持ちの整理はついてるわよ」
「ああ、頭ではわかっちゃいるんだけどな。その……俺もちょっと、戸惑ってるんだ」
「? なにを?」
「なんていうかさ……大事すぎるんだよ。綾音のこと」
「……」
「傷つけたらどうしようとか。嫌われたらどうしようとか……そんなこと考えてたら、動けなくなっちまった」
「な、なに言ってるのよ……ウチだってもうとっくに誠治のこと……」
ウチはそこまで言ったところで、はっと気がついた。
誠治はずっと好きだって言い続けてくれている。
ウチだってもうとっくに、誠治のことが好きになってる。
でも……ウチはそのことを誠治に伝えたこと、一度でもあった?
誠治のこと、好きだって。
自分の口からはっきり伝えたこと。
一度でもあった?
一度もないじゃない!
また同じ間違いを繰り返すの⁉
「オレ、もし綾音に嫌われたらさ……本当にそれこそ居場所がなくなるし、多分立ち直れないと思うんだよ。だから、って、綾音? どうした?」
「誠治……ごめんね……」
「いや、ちょ、綾音、なんでここで泣く?」
ウチはどうやら泣いているようだった。
「誠治、ごめん。ウチ、言ってなかった。不安になるよね。ごめん」
「い、いや」
「誠治。ウチ、誠治のこと好きだから!」
「あ、綾音……」
「ちゃんと誠治のこと、好きだからね! 他の人じゃなくて、誠治のことが好きだから!」
ウチは半分叫んでいた。
ウチはようやく理解した。
ウチが誠治を不安にさせてたんだ。
好意は受け取るだけじゃだめなんだ。
ウチの気持ちを誠治に、しっかり伝えないと意味がない。
「綾音」
誠治はゆっくりウチの背中に手を回した。
そして……優しく包み込むように、ウチを抱き寄せた。
泣いているウチの背中を擦ってくれた。
子供をあやすように。
しばらくしてウチが少し落ち着くと……
「綾音」
「ん?」
「オレと付き合ってくれ」
「……」
ウチは誠治の胸の中で、コクンと頷いた。
「仕方ないから、付き合ってあげる」
誠治はフフッと鼻を鳴らした。
「ああ。仕方ないから付き合ってくれ」
誠治は笑いながらそう言った。
ウチは誠治の背中に手を回した。
ウチは誠治としばらくそのまま抱き合ったままだった。
鍋から立ち込める湯気は、もうすっかり収まってきていた。
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