No.168:天井を眺めながら
それから10日ほど過ぎたある日……。
「本当にこの光景を……瑛太さんと一緒に見ることになったんですね」
俺の腕枕の上で、隣の明日菜ちゃんが天井を眺めながらそう呟いた。
「この天井、低いでしょ?」
「ロフトですからね。手を伸ばしたら届きそうです」
そう言って明日菜ちゃんは天井に手を伸ばしたが、もちろん届かない。
俺でさえも、わずかに届かないくらいだ。
それでも座って着替えるとき、俺は位置によっては頭を擦ることがある。
最初に明日菜ちゃんが助け舟を出してくれたあの日。
実はその日は文字通り、添い寝しかできなかった。
明日菜ちゃんが怖がってしまって……上の方に逃げて、何度か壁に頭をぶつけてしまうほどだった。
「ごめんなさい……」と謝る明日菜ちゃんをなだめながら、俺は彼女を抱きしめた。
一糸まとわぬ姿の明日菜ちゃんから、その体温が直に伝わってきた。
俺はそれだけでも、凄く幸せだった。
俺は明日菜ちゃんが、もう嫌になってしまったかもしれないと思って心配していた。
ところが数日後、俺の部屋に来た明日菜ちゃんは「今日も……添い寝がしたいです」と顔を赤らめながら宣言してきてくれた。
なんとかその日、初めての目的が達成できた。
明日菜ちゃんは、ずっと痛がっていた。
そして今日も……俺の隣には、生まれたままの姿の明日菜ちゃんがいる。
俺は女性と体を合わせるのが、こんなに気持ちいいとは思っていなかった。
本当に想像以上だった。
相手が明日菜ちゃんだからだろうか。
その声も、顔も、体も、優しい心も……全てが愛おしい。
俺は彼女を抱き寄せた。
「大好きだよ、明日菜ちゃん」
「私もですよ」
彼女は俺にしがみついてきた。
俺はしっかり抱きしめる。
「勇気出してくれて、ありがとね」
「?」
「ほら、最初に添い寝がしたいって言ってくれたでしょ?」
「ああ……」
明日菜ちゃんはクスッと笑った。
「その……求められてるのはわかったんですけど……このままだったら、ひょっとしたら……その……休憩ができるホテルとかに連れて行かれるかもしれないと思って」
「え? そうだったの?」
「はい。あ、でももしそうなっても、多分イヤって言わなかったと思うんですけど……でも……」
明日菜ちゃんは、俺の方に顔を向けた。
「瑛太さんと結ばれるんだったら……私、この部屋がよかったんです」
「……そうだったの?」
「はい。私と瑛太さんの思い出は、この部屋から始まったんですよ。ケーキを持ってきた日に大雨が振ってシャワーをお借りしたり、それから毎週のようにお好み焼きを食べにお邪魔するようになって……どんどん好きになりました。瑛太さんのこと」
明日菜ちゃんは何かを思い出しながら、言葉を紡ぐ。
「そのうちたまに小春も一緒に来るようになって、大学に入ってからは皆と遊びに行くようになって……そしてこの部屋で、瑛太さんは私に告白してくれました。ファーストキスも、この部屋でした。思い出が全部、この部屋には詰まってるんです」
「そっか。そういえばそうだったね」
「もしかして……私のためにどこかへ旅行でも、とか考えてましたか?」
「うわっ……鋭いね」
「ふふっ、嬉しいですけど、でも私はこれで十分幸せですよ。隣にこうして瑛太さんがいてくれるだけで」
明日菜ちゃんはそう言って、もう一度俺のことをぎゅっと抱きしめた。
俺も彼女を抱きしめ返して、おでこにキスをした。
「でも……たまには外に遊びに行くようにしよう」
「? どうしたんですか?」
「いや……ここばかりにいるとさ……俺、どうしても明日菜ちゃんとしたくなっちゃうから。発情したサルみたいにさ」
「発情したサルって」
明日菜ちゃんは噴き出した。
「私はこうやってくっついているのは好きなんですけど……でも、やっぱりまだ痛いです」
「そうだよね」
「でも男の人って、やっぱりしたくなるのが普通だって聞きました」
「……それ、誰情報?」
「弥生ちゃんです」
「マジで⁉」
「はい。私達の中で一番男性経験豊富なのは、実は弥生ちゃんなんですよ。でもこれ、黙っておいて下さいね」
俺たちの中に、意外な伏兵が潜んでいた。
「そんなことより……とりあえず22日は私の家でクリスマスパーティーじゃないですか」
「ああ、そうだったね」
「だからその日は、こういうことはできないですよ。お父さんもいますしね」
「そりゃそうだよ」
そう、22日は明日菜ちゃんの家でクリスマスパーティーのお誘いを受けている。
その日は明日菜ちゃんのお父さんもいるので、俺を紹介したいと言ってくれた。
俺も是非ご挨拶をしたいと思っていたので、良い機会になった。
その日はヴィチーノのバイトはお休み。
その前日の21日は、誠治と綾音がお休みになっている。
なにか二人で、イベントを考えているようだ。
あの二人、本当に付き合ってないのか?
まあ付き合うようになったら、報告してくれるだろう。
22日の手土産は、やっぱりヴィチーノのケーキがいいかな……。
明日菜ちゃんを抱きしめながら、俺はそんなことを考えていた。
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