No.166:就活の始まり
9月に入っても、東京の暑さは変わらなかった。
大学も始まって、俺と明日菜ちゃんは時間が合えば大学へ行くときも帰るときも、一緒に行動するようになった。
仲間も全員、祝福してくれた。
ほぼ全員、「やっとくっついたんだね」という反応だったが。
明日菜ちゃんとは、たくさんデートを重ねた。
カフェに行ったり、映画に行ったり、あるいは明日菜ちゃんの運転でドライブに行ったりもした。
全てが新鮮で楽しい毎日だ。
明日菜ちゃんの家にもお邪魔して、「お付き合いさせてもらうことになりました」と晴香さんにも報告した。
「瑛太君なら安心だよ。明日菜をよろしくね」
晴香さんにそう言ってもらえたときは、俺は本当にホッとした。
残念ながら明日菜ちゃんのお父さんは、また出張で不在だった。
「将来瑛太さんが、お兄ちゃんになるかもしれないんだよね……。あ、それとも姪か甥ができるのが先?」
「こ、小春! 何言ってるの」
あいかわらず小春ちゃんは通常運転だった。
一方で、俺は将来について真剣に考えないといけない時期に来ていた。
就活である。
一部の外資やベンチャー系企業は、早いところでは大学3年の6月からインターンが始まっている。
俺は遅まきながら、秋のインターン候補先にエントリーシートを送り始めた。
俺はまだ特に業種や職種が絞りきれていない。
まだそこまで考えるまでにさえ、至っていなかった。
ただ……今俺の中では「大手志向」が強い。
大きな会社、一流と言われている会社で。
安定した仕事をして、安定した給料を得て、安定した毎日を送る。
そんな会社の方が、安心できる。
ある意味、あたりまえのことかもしれない。
ひとつの理由には、奨学金の問題がある。
奨学金を返済しながら生活するためには、それなりに給料のいい会社が望ましい。
倒産リスクがあるような会社は、絶対に避けたい。
微妙に明日菜ちゃんのことも、関係していた。
彼氏の働いているところが誰もが知っているような一流企業であれば、明日菜ちゃんだって安心するだろう。
おそらく明日菜ちゃんのご両親も。
ついでに言えば、俺の両親だって同じことだ。
なので俺は秋のインターンはあまり重要視していない。
大手の経団連加盟企業は、来年の3月から採用情報の解禁だ。
本格的な就活は、そこから本腰を入れる。
逆に言えば秋のインターンは、いい予行演習になる。
だから数社はとりあえず参加したいと思っている。
一方で……俺の心の中に、強く残っているイベントがある。
それは2月に誠治と行った、バリ島旅行だ。
活気のある屋台村に、活気のある人々。
子供たちは生き生きとした目をして、裸足でサッカーボールを蹴っていた。
民芸品に美術品、日本では見ないような雑貨、スーパーの食材、その他全てが目新しかった。
香織さんとの出会いも、ひとつの衝撃だった。
メディアコーディネーター、ビジネスコーディネーターという仕事がある。
その事自体、新たな発見だった。
もちろん俺なんかが海外で生活できるとは思っていない。
ただ……
『日本にいたら逆の仕事もできるよね』
香織さんは何でもないことのように、そう言っていた。
自分の好きな海外の商品を日本で紹介して、仕入れて販売する。
バリ島だけじゃなくて世界中の、まだ俺が知らないたくさんの国々からそういう商品を取り扱う。
そんな仕事ができたら……幸せだろうな。
ふとそんなことを思うようになった。
残念ながら俺は語学は得意ではない。
文系だから英語は苦手ではないが、それを武器にできるほどのレベルにはない。
ましてや学部は法学部だ。
海外事業を展開するような会社からすると、俺は適切な人材ではないだろう。
それでも俺は英語のスキルは必要だと痛感した。
その意味だけでも、あのバリ島旅行は意義があったと思う。
俺は旅行から帰ってきてから、少しずつ英語の勉強も始めた。
映画のDVDを借りてきて、ストーリーを把握したあと英語の字幕で何度も見たりした。
フリマアプリでTOEICの教材を買って、時間を見つけては勉強した。
実際にTOEICを2年生の時に受けたが、その結果は惨憺たるものだった。
次回受けるとき、どれぐらい伸びているか少し楽しみではある。
結局俺はこの秋、数社のインターンに参加した。
小規模の専門商社にIT系のベンチャー企業とかだったが、どれも俺が希望する就職先とは少し違っていた。
IT系のベンチャー企業には、誠治と同じ日程でインターンに参加した。
誠治もやはり大手商社や大手飲料メーカーを希望していた。
酒屋の息子なので、飲料メーカーとかは気になるところだろう。
それから……俺と明日菜ちゃんが付き合い始めて少し経ったぐらいの頃からだろうか。
誠治と綾音の二人が、急に仲良くなった気がしている。
一緒に食事に行ったり、洋服を買いに行ったり。
まあ俺が明日菜ちゃんと時間を過ごすことが多くなって、誠治が俺を誘いにくくなったことも一つの要因かもしれないが。
俺が二人に「ひょっとして、付き合い始めたのか?」と聞くと……
「バッ……そ、そんな訳ねーだろ」
「そ、そうよ。何言ってるの」
と、二人とも顔を赤らめながら否定する。
その時点で明らかに怪しいのだが。
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