No.163 第3章最終話:もうちょっと泊まってく?
翌朝、皆集まって長野での最後の朝食だ。
皆昼前には、東京へ向けて出発する。
俺はあと数日、卒検が終わるまでこっちに残る。
朝食のあと女性陣は1階の大広間を、誠治と海斗は2階の部屋を掃除する。
それが終わると皆の荷物を玄関まで運んで、車に詰め込み始めた。
俺は各部屋に行って、忘れ物のチェックだ。
2階の二部屋は問題なし。
1階の大広間へ入って、部屋の隅の方もチェックする。
女性だとイヤリングとかピアスの小物が落ちているケースもあるので、念入りにチェックが必要だ。
俺が畳の隅の方を眺めていると……
「あっ、瑛太さん」
「ああ、明日菜ちゃん。忘れ物?」
「はい……ていうか大広間に忘れ物がないかどうか、最終チェックしてきてって言われたんです」
「ああ、そういうこと。いま俺もチェックしてるとこなんだよ」
それから俺たちは二人で大広間の隅々までチェックした。
どうやら忘れ物はないようだ。
「大丈夫みたいですね」
「まあ何か見つかったら、俺が持っていくだけだしね」
「それもそうですね」
明日菜ちゃんはくすっと笑顔を浮かべる。
「瑛太さんは、残っちゃうんですね」
「ん? ああ、でも予定ではすぐに卒検も終わるからね。来週の日曜日には、また一緒にお好み焼きでも食べよう」
「でも一週間以上も先じゃないですか」
「えっ? まあそうだけど……」
「寂しいです……」
明日菜ちゃんの表情が暗くなって、視線が下がった。
「明日菜ちゃん……」
「去年もそうだったんですけど、ここにいる間もの凄く楽しかったんです。皆と遊びに行って、瑛太さんもいて……大学生の修学旅行みたいで本当楽しくて。だからこのまま東京へ戻りたくないくらいです」
明日菜ちゃんが言葉を紡ぐ。
「だから瑛太さん……早く戻ってきて下さいね」
顔を上げた明日菜ちゃんの表情には少し憂いがあって、それでいてとても綺麗だった。
そんな明日菜ちゃんに、俺は見とれていた。
彼女を抱きしめたかった。
俺の左手が彼女の肩の方へ少し動いたが、すぐに止まった。
そのまま手を握りしめて、元に戻す。
「瑛太さん?」
「それか明日菜ちゃんだけ、もうちょっと泊まってく?」
「えっ?」
「それで俺が卒検終わったら一緒にバスで東京へ帰る、ってのはどう?」
「……いいんですか?」
「……ごめん、冗談」
「へっ?」
さすがにこの状況では、難しいだろう。
ここは冗談で逃げておくべきだ。
明日菜ちゃんは顔を真赤にして「もーっ、本気にしたじゃないですか!」といって、俺の腕をポカポカと叩いてきた。
「とにかく早く帰ってきて下さい」
「ああ、そうだね」
「お土産は、カメヤの『信州わさびマヨ風』ドレッシングをお願いします」
「……でもこれからカメヤに寄って帰るでしょ?」
「あのドレッシング、我が家では大好評で……いくらあっても足りないくらいなんです」
「そうなんだね……わかった、買ってくよ」
荷物、重くなりそうだな……。
「冗談ですよ……瑛太さんが意地悪だから、言ってみただけです」
「……そうなの?」
「はい。だから……早く戻ってきて下さいね。お土産なんて、何もいりませんから」
「……わかった。それじゃあ卒検も一発で合格しなきゃだね」
「もちろんです!」
ようやく明るい表情で笑った明日菜ちゃんと一緒に、俺は玄関へ向かった。
ちょうど皆で車に荷物を運び込むところだった。
俺も運ぶのを手伝った。
荷物を運び終えて、俺は見送りだ。
親父は外出していたが、兄貴もお袋も見送りに出てきた。
「来年もまた、来てくださいね」とお袋は言っていたが、俺たちは就活がある。
来れるかどうかは、微妙だ。
全員大きな声で口々にお礼の言葉を述べて、車に乗り込んだ。
そして我が家の前から、2台の車が去っていった。
海斗の車の後部座席に座っていた明日菜ちゃんは、俺が見えなくなるまでずっと手を振ってくれていた。
*明日より最終章へ突入します。
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今後の励みになります。
引き続きお楽しみ下さい。
よろしくお願いします。
たかなしポン太
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