No.162:気持の変化の中で

 

 川遊びを終えた俺たちは、村営の温泉施設に寄って体を温めて帰ってきた。

 最後まで綾音のテンションはおかしかったが、戻ってくる頃には普通に戻っていた。


 綾音は俺に言った。

 好きだった、と。

 過去形だった。

 いや、過去完了とでも言うべきか。


 俺はすこし驚いたが、もちろん嫌な気はしなかった。

 それに……どれぐらいの熱量の「好き」なのかも分からない。

 ましてや、今はそうじゃないということだ。

 過去は好きだった、ということであれば、俺だって過去は美桜のことを好きだった。

 でもそれは今じゃない。

 だから俺は、いつもと変わらない気分だった。

 そして家に戻ってきた綾音も、普段の綾音だった。


 日が随分傾いてきたので、俺は誠治と海斗と一緒にバーベキューの用意を始めた。

 女性陣は台所で、食材の準備をしてもらう。


 軍手をはめて手慣れた手付きで海斗は炭をおこす。

 グリルの炭がいい感じになってきた頃に、女性陣が食材を運んできた。

 ちょうどその頃、玄関脇に車が一台やってきた。

 美桜が母親の車で送ってきてもらったようだ。


「美桜、いらっしゃい」


「こんばんは、瑛太君。皆も久しぶり」


 全員美桜と挨拶をする。

 白のロングTシャツに、紺色のロングスカート。

 いつも通りちょっと大人の装いの美桜は、今日も四葉のクローバーのシルバーネックレスをしていた。


 食材も揃ったところで、全員で乾杯をした。

 今日は誠治と俺が美桜を自宅まで送っていかないといけないので、ノンアルビールだ。

 あと……一人だけ部外者がいる。

 俺の兄貴だ。


 俺を除いた全員の意向で「ぜひお兄さんも参加してほしい」ということになったようだ。

 俺としてはこんな綺麗どころの中に兄を混ぜたくなかったのだが、仕方ないだろう。


 肉をつまみながら、俺、兄貴、明日菜ちゃん、弥生ちゃんの4人で話をしていた。


「孝太郎さん、いい体型されてますよね。今でもトレーニングか何かされてるんですか?」

 

 人見知りをしない弥生ちゃんが、さっそく興味津々だ。

 兄貴が高校時代にラグビーをやっていたことは、知っているようだった。


「そうだね。なかなか時間がないけど、会社帰りにジムにできるだけ寄るようにはしてるよ」


 兄貴はジムでどういうトレーニングをしているかを、聞いてもいないのに話し出した。

 弥生ちゃんだけ頷きながら理解していたが、俺と明日菜ちゃんはチンプンカンプンだった。


「すごーい! ベンチプレス95キロ上げられるんですね」


「Maxで、だよ。なんとか100を上げたいんだけど、ここからが伸びないんだ」


「あの……ちょっと、筋肉、触らせてもらっていいですか?」


「ああ、もちろん」


 弥生ちゃんはそう言うと、兄貴の胸やら腕やらをペタペタと触りだした。

 そして「すごーい、かたーい」と奇声をあげている。

 なんでこんな筋肉で盛り上がれるのか、理解に苦しんでいると……


「え、瑛太さんも、筋肉あるんですか?」

 明日菜ちゃんが唐突に訊いてきた。


「えっ? いや俺は特に鍛えてないし、普通だと思うけど」


「さ、触ってもいいですか?」


「……いや、いいけど……」


 明日菜ちゃんはちょっと恥ずかしそうに、俺の胸とか腕とかを触ってきた。

 それもさするようにゆっくりと触ってくるので、俺の方も落ち着かない。


「あ、固いですね。男の子の筋肉です」


「一応男だからね」


 明日菜ちゃんも顔が赤い。

 恥ずかしいんだろう。


「明日菜ちゃん、アルコール飲んでる?」


「なっ……もう、飲んでませんよ! まだ未成年ですからね」


 俺がからかい気味にそう言うと、明日菜ちゃんが拗ねたように答えた。

 俺はそんな明日菜ちゃんの横顔を見つめる。

 明日菜ちゃんの顔はピンク色のままだ。

 そして……俺も普通じゃなかった。

 明日菜ちゃんに触れられた腕や胸が、まだ熱を帯びているようだった。

 

「ちょっとトイレ」


 俺は熱を冷ますのに、席を外す。

 家の中に入ろうとしたところ、玄関でちょうど家から出てくる美桜と出くわした。

 

「あ、瑛太君」


「おう」


「なんか賑やかでいいよね。こういうの定期的にできると、楽しいよ」


「ああ、そうだな」 


 俺たちは玄関先から、バーベキューで盛り上がっている仲間たちを眺める。

 皆本当に楽しそうだ。


「ねえねえ、その後明日菜ちゃんと進展あった?」

 美桜がいたずらっぽく訊いてきた。


「進展って……別になにもないぞ。ないけど……」

 俺は言いよどむ。


「けど?」

 珍しく美桜が突っ込んできた。


 俺は美桜に言おうかどうしようか迷った。

 迷った挙げ句……


「いや……なんでもない」


「……そう」


「ああ、お袋があとでスイカを切るって言ってたわ」


「本当? 楽しみ。今年のスイカ、甘いよね」


 そんな話をしたあと、美桜は外へ出ていった。

 俺は小さく嘆息する。

 そんな話を聞かされても、いい思いなんてする訳がないよな。

 俺は自分の気持の変化の中で、いろんなことを考えないといけない自分に少し戸惑いを感じていた。

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