No.161:約束は守ってよ
ウチは顔も頭もビショビショになってしまったので、顔を拭きにテーブルの方へ一旦戻った。
まったく誠治、なにやってんのよ……。
最初はウチの胸ばっかり狙ってきてたけど、最後の方はもう乱射状態だった。
「それにしても……この水鉄砲、もの凄く水圧が高いわね」
ウチは手元にある大きな水鉄砲に視線を落とす。
これって目に直接当たったら失明とまではいかなくても、かなり危ないんじゃないの?
そもそも海斗、どこでこんなもの見つけてきたんだろう……。
ウチがタオルで顔を拭いていると、瑛太がこっちへ向かってきた。
瑛太の顔面も、ビショビショだ。
「お、綾音。かなり派手にやられてたな」
「そーだよ、もう。誠治、どうしてあんなに派手にやるかな」
瑛太はウチの隣に座ると、タオルで顔を拭きだした。
そしてクーラーバッグからスポーツドリンクを取り出した。
「綾音も飲むか?」
「ううん、いらない」
瑛太はスポドリのキャップをかけ、一口飲む。
ウチは川の方へ目を向けると、明日菜ちゃんと弥生ちゃんが二人で楽しそうにはしゃいでいたのだが……時折明日菜ちゃんが、視線をこちらへ向けてくるのが分かった。
ふふっ……なんだか心配そうだね。
ウチは昨日の花火大会のことを思い出した。
ウチら7人は、レジャーシートの上に二列になって座って花火を見ていた。
一列目に左から弥生ちゃん、明日菜ちゃん、瑛太の順。
二列目にはウチ、誠治、海斗、エリちゃんの順だ。
大きな花火や珍しい花火が上がると、ウチらは皆歓声をあげていた。
時折明日菜ちゃんと瑛太が、小声で話しているのがウチの目にも入る。
最近思うんだけど……瑛太が明日菜ちゃんを見るときの視線が変わってきたと思う。
なんかこう……愛おしさを内包したような視線というか。
多分、時間の問題だな……。
ウチはそんなふうに感じていた。
隣りにいた誠治も、多分同じようなことを感じたんだろう。
花火の間、何度もウチに話しかけてくれた。
ウチを元気づけようとしてくれていたことは明らかだった。
そんなに気を使わなくてもいいのに……。
でもウチは、そんな誠治の気遣いも嬉しかった。
ウチはいろいろと、心の整理がついているんだと思う。
きっとそれも……誰かさんのおかげだ。
ふと見ると、川の少し深場の方で誠治とエリちゃんと海斗の3人が話をしていた。
少ししてから誠治はキョロキョロと周りを伺い、そして私と瑛太が座っているテーブルの方へ視線を向ける。
一瞬誠治の顔つきが固くなったが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
ああもう……そんな表情、見せないでよ……。
ウチは誠治に向かって、軽く手を振った。
ウチはあの時のことを思い出していた。
吉祥寺の昭和純喫茶。
隠れたウチを見つけたエリちゃんが取った行動。
あの時エリちゃんはどうしてあんなことを言い出したのか。
きっと……環境が整ってしまったからだろう。
誠治がいて、後ろに隠れていたウチがいて。
そこにずっと心に秘めていた、エリちゃんの思いが重なった。
そういうことだったんだ。
ウチは今、初めてあの時のエリちゃんの気持ちがわかった気がした。
「ねえ、瑛太」
「ん?」
「ウチね……本当は瑛太のこと、ずっと好きだったんだよ」
このタイミングじゃないかもしれない。
でも気がついたら、そんな言葉がウチの口から漏れ出していた。
「えっ?」
「でもね、今はそうじゃないんだ」
「……」
「ゴメンね。だから、これからも友達でいてくれる?」
「……ああ……ていうか、今これ、俺振られてるの?」
「へっ?」
そんな訳ないじゃない。
「ああでも……そっか、そう聞こえるよね。ふふっ……」
ウチは可笑しくなった。
「ははっ、あははははは」
ウチは笑いが止まらなくなった。
可笑しくて仕方がなかった。
もうテンションが変になっている。
「綾音、なに壊れてんだ?」
「ははははっ……あー可笑しい」
ウチは笑いすぎて涙が出てきた。
隣の瑛太が呆れている。
冷たい視線が痛い。
「じゃあまあ……そういう訳だからね」
「ん? ああ」
ウチは水鉄砲を手に持って立ち上がる。
後悔はなかった。
気持ちもスッキリした。
不安は……少しあるけど……
(約束は守ってよ。誠治)
誠治が言ってくれた。
どんな事があっても、ウチの居場所は作ってくれると。
だから……ウチはここにいても大丈夫。
そうだよね? 誠治。
怪訝そうな顔をしている明日菜ちゃんと弥生ちゃんの前を通って、誠治たちのところへ歩いていく。
「綾音? どうした?」
誠治が心配そうに訊いてきた。
「べっつにー。えい!」
そう言ってウチは水鉄砲の引き金を引いた。
誠治の顔面に、水が直撃する。
「うわっ! ちょ、ま、待て! 今鼻に入った」
「じゃあ今度は耳からね」
「お前、なんなの⁉」
ウチは容赦なく水鉄砲で誠治の顔面を攻撃する。
逃げ惑う誠治を、更に追っかける。
まわりの仲間が不思議そうにウチと誠治を眺めている。
川で遊んでいた子供たちやその親御さんたちさえも、逃げ惑う誠治と追っかけるウチに生温かい暖かい視線を送っている。
それでも……テンションがおかしくなったウチは、しばらく誠治を追い回していた。
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