No.157:ちゃんとフーフーしましたよ
やはり大学生の食欲は大したものである。
大量に購入した肉も、もの凄いスピードで消費されていく。
今回も俺は鶏肉のサテとピーナッツソースを持参したが、それもあっという間になくなった。
海斗がバーベキューの網を鉄板に交換する。
そして豚バラ、エビ、野菜を炒め始めた。
エビも、むきエビと桜えびの2種類を使うこだわりようだ。
そこへ予め湯戻しした米麺を投入して、調味料を加えていく。
なんとも言えないエスニックな香りが立ち込め、満腹のはずの胃袋に新たなスペースが生まれた。
完成したパッタイを、海斗はお皿に盛り付けていく。
「うわっ、これメッチャうまいぞ」
真っ先に誠治が声を上げる。
俺も一口食べてみると……確かにこれは美味い。
「海斗、めちゃくちゃ美味いぞ。ソースが絶妙だ。これ、ナンプラーが入ってるな?」
俺はナンプラーの味しか分からなかったが、思わずそう訊いた。
「そうッス。ナンプラーにオイスターソースにチリソースに……忘れちゃいましたけど、いろんな調味料を家で混ぜてソースを作っておいたッス。一応自宅でも試食しましたから」
「さすがバーベキューマスターね」
「海斗は昔っから変にこだわりが強いのよね」
感心する綾音に、ちょっと呆れ気味のエリちゃんだった。
それでも素人でこの味が出せるんだな。
あとでソースのレシピを訊いてみよう。
すっかり満腹になった俺たちは、食後のデザートを楽しむ。
定番の焼きマシュマロだ。
バーベキューグリルから鉄板を外して、炭火の上に竹串に刺したマシュマロをかざす。
7人の大学生がマシュマロを片手に集まっている光景は、ちょっと異様かもしれない。
焦げたマシュマロの甘い匂いに包まれて、俺たちはワイワイと騒いでいた。
少し落ち着くと、海斗はバーベキューの網と鉄板を洗いに行った。
軽く洗ってから帰すのがマナーらしい。
綾音と弥生ちゃんとエリちゃんは、海斗が持ってきた『遊び道具バッグ』を物色中だ。
バドミントンかフリスビーかで迷っている。
誠治はトイレに行ってしまった。
残されたのは俺と明日菜ちゃん。
まだマシュマロが結構残っていた。
「もうちょっとマシュマロ焼こうか?」
「はい、いいですね」
俺たちは串刺しにしたマシュマロを3-4本手に持って、炭の上にかざす。
焼けたら他の連中にあげてもいいし。
「これ、マシュマロじゃなくて魚でもいいかもしれないね」
「あ、いいですね。鮎とか美味しそうです。今度やってみましょう」
「鮎かぁ、いいね。今度夏休みに、俺の実家でやってみようか」
「本当ですか? やったぁー、約束ですよ」
そう言って明日菜ちゃんは、右手を上げようとする。
多分指切りをしたいんだろうと思うが、マシュマロを手に持っているのでそうもいかない。
すると明日菜ちゃんの左手に持っていたマシュマロが、突然燃えだした。
「ああっ、燃えてます!」
明日菜ちゃんは燃えたマシュマロに口を近づけ、フーフーと息を吹きかける。
火は消えたが、竹串の先には黒い物体が残っている。
「瑛太さん、はい」
明日菜ちゃんはその黒い物体を、俺の口に近づけてきた。
「いや、さすがに食べられないでしょ。明日菜ちゃん、どうぞ」
俺は明日菜ちゃんが手を掴んで、彼女の口に押し返す。
「大丈夫です、ちゃんとフーフーしましたよ」
「いや、そういう問題じゃないよね」
「遠慮しなくていいですよ。それに家には『焦げたマシュマロは食べちゃダメ』っていう家訓があります」
「あるわけないでしょ」
「あるんです。亡くなったおばあちゃんの遺言です」
「嘘だよね?」
俺たちはキャイキャイと言いながら、焦げたマシュマロを押しつけ合っていた。
俺は彼女の屈託のない笑顔に。
期せずして掴んだ、彼女の手のぬくもりに。
少しだけ頬を染めた、その表情に。
その豊かな胸や細いウエストに。
チェックのキュロットスカートから伸びる、形の良い脚元に。
俺はその全てに……特別な何かを感じていた。
こんなに可愛い女の子が俺のそばにいる。
笑ったり、拗ねたり、もの凄く喜んだり、ちょっと怒ったり……そんなストレートな表情を、いつも俺に見せてくれる。
そして多分……俺に好意を寄せてくれている。
その事実に、俺は自分の気持の動きを意識せざるを得なかった。
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