No.155:ネット情報によると


「そろそろ行こうか。晴香さん、心配するかも」


「えっ? そ、そうですね……」


 もうっ、と不機嫌そうに明日菜ちゃんは俺の腕を軽くたたいた。

 階段を降りると、小春ちゃんが待ち受けていた。


「あれっ? 早いですね。ネット情報によると、全行程の平均時間は30分から1時間」


「小春! あとでスマホの閲覧履歴を見せなさい!」


「ごめんなさい調子に乗りましたそれだけは許して下さい」


 晴香さんの一喝にタジタジの小春ちゃんだった。

 俺たち二人も、赤面のままテーブルにつく。


 目の前のテーブルの上には、豪華なマグロ料理が並んでいた。

 お刺し身にカルパッチョ、フライやアボガトと和えたサラダ、それにマグロステーキ。

 これでもかと言うくらいマグロ料理のオンパレードだ。

 どれも空腹の男子大学生の食欲をそそる。 


「うわー、美味しそうですね」


「さすがにマグロだらけになっちゃったわね。でも我慢して食べてね」


「我慢もなにも、こんな豪勢な食事はないですよ」


 俺たちはいただきますをして、早速食べ始める。

 刺し身の部分は……これは多分中トロだ。


「美味しいです! 高級寿司屋みたいですね」


 中トロ部分は脂がのっていて、マグロの上品な味わいだ。

 しかも皿一面が、その中トロ部分だ。

 これ、まともに買ったらとんでもなく高いんじゃないか?


 フライはマグロにチーズが入っていた。

 ソースをつけてもタルタルをつけても、絶品だ。

 他の料理も、全て美味しい。

 晴香さんは、本当に料理上手だ。


「なんだかこんな豪勢な昼食に呼んでいただいて、申し訳ない気分です」


「いいのよ。本当にたくさん頂いて、どうしようかって思ってたの」


「えっと……明日菜ちゃんのお父さんは、お忙しくされてるんですね」

 俺は晴香さんに『ご主人は』と言うのに少し抵抗があったので、そういう言い回しをした。


「そうなのよ。いま会社の方がちょっと大変でね……あ、大変ていうのは新しい事業を始めるかもしれなくて、それであちこち出張で駆けずり回ってるのよ」


「そうなんですね」

 やっぱり社長さんともなると、いろいろと大変なんだろうな……。

 俺には全然想像もつかないが。


「瑛太さん、今年も皆で花見に行きましょうね」 


「そうだね。もうそんな時期かぁ……早いなぁ」


「また夏には長野に行けますかね?」


「ああ……多分大丈夫なんだけど」

 実は今年の夏休みは予定が入っている。


「俺、夏休みに長野の自動車学校で免許を取る予定なんだよね」


「えっ? そうだったんですね……そういえば『学生のうちに取らないと』って言ってましたよね」


「うん。だから今年は7月の試験が終わったら、すぐ実家に戻って教習所へ通う予定なんだ」


 俺の実家から通える自動車学校は宿泊施設と提携して、夏休みや春休みに『合宿免許コース』というものを導入している。

 東京から夏休みに避暑をかねて、毎年多くの学生が来ているらしい。


 俺は宿泊は必要ないので自宅から通いになるが、合宿コースの良いところは授業を詰め込みでやってくれるので、3週間ぐらいでコースは終了する予定なのだ。


「今年も長野に行くとしたらお盆の時期だろ? それなら俺は自動車学校が終わっているかどうか微妙な時期だけど……皆で直接俺の実家に来てもらえればいいよ。俺は先に実家で待ってるから」


「あっ、そういうことなんですね。よかった……楽しみです」


「小春も行きたいんですけど……友達と予定が入るかもしれないんです。決めるのはもうちょっと後でもいいですか?」


「ああ、もちろんだよ」


「瑛太君、なんだかごめんね。うちの二人ともお世話になっちゃうみたいで」


「いえいえ。家は女兄弟がいないので、来てもらえると両親も喜びます」

 ついでに、あの兄も喜ぶわけだが……。


 デザートにヴィチーノのケーキが出てきた頃には、俺はもう満腹で動くこともままならないほどだった。

 帰り際に、マグロの切り身を保冷剤と一緒に分けてもらった。

 俺は丁重にお礼を言って、明日菜ちゃん宅を後にした。

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