No.154:小春ちゃん、凄い!


 小春ちゃんはちょっと恥ずかしそうにしながら、スケッチブックの絵をいくつか説明してくれた。

 こんな風に絵が描けたら、本当に楽しいだろうな……。


 俺はスケッチブックを手にしながら、さらに部屋を見渡した。

 木目調のちょっと重厚なハイチェストがある。

 たしかお父さんの会社は家具の輸入とかをやっていたんだよな?

 さすがに趣味のいいものを子供部屋にも置いてある。


「あのチェストとかも、落ち着いた感じでいいね。この部屋に合ってる」


「そうですかぁ? あれ、小春は使いにくくて嫌いなんですよね。もうちょっとこう、上に鏡が付いていて可愛いデザインのがほしいんですよ。えーと……ちょっとスケッチブック、貸してもらえますか?」


 そういって俺の手からスケッチブックを受け取ると、机の上にあった鉛筆を手にとって何かを描き始めた。


 それはチェストのスケッチだったのだが……。


「えーと、こんな感じで角が丸いほうが可愛いですよね。一番上の引き出しは半分のサイズで……それと取っ手はこんな感じでっと……それから上にこんな感じで折りたたみができる三面鏡があるといいんです」


 そう話しながらスケッチブックの上で、小春ちゃんの手が迷いなく動く。

 そしてあっという間に、角に丸みを帯びたチェストが浮かび上がった。

 チェストの上には、ドレッサーの鏡のような三面鏡が乗っている。

 それも鏡の縁取りも丸みを帯びた、ヨーロッパ調の趣味の良いデザインだ。


「こ、小春ちゃん、凄い!」

 俺は興奮してそう言った。


「え? そ、そうですか?」


「それ、いま頭の中に浮かんだものを書いたんだよね」


「え? はい、そうですね」


「そうですねって、簡単そうにやってるけど……それ、もの凄い才能だよ!」

 少なくとも俺は、こんな風に頭の中のものを簡単にアウトプットできる人間に、会ったことがない。


「そうですか? ていうか頭に浮かんだものを、そのまま描いただけですよ。誰でもできるんじゃないですか」


「いやいやいや。できないから、普通」


「小春は昔からそういう遊びしてたわよね。空想上の生き物とか怪獣とか、頭に浮かんだもの、どんどん描いてましたよ。ちょっと気持ち悪い生き物とかもいましたけど」

 明日菜ちゃんは、ちょっと苦笑する。


「小春ちゃん、将来デザイナーとかになったら? 絶対才能あるよ」


「えっ?」

 小春ちゃんは、虚を突かれたような表情をする。


「こ、小春にできますかね……」


「ああ、もちろんもっと勉強とか必要かもだけど……それにそうやってスケッチブックに描くことは好きなんだよね」


「はい、好きですね。気持ちが落ち着きます」


「じゃあ絶対続けるべきだよ。将来必ず役に立つと思う」


 何故か俺の方が、熱を帯びて話していた。

 小春ちゃんは恥ずかしそうに下を向いて「ありがとうございます」と呟いた。


 興奮冷めやらぬうちに、今度はとなりの明日菜ちゃんの部屋へ移動する。

 小春ちゃんは「ここからはお二人でどーぞ」と言って舌をペロッと出し、階段を降りていてしまった。


 俺は明日菜ちゃんの後について、部屋に入る。

 白の壁紙で、ベージュのカーテン。

 落ち着いたフローリングの部屋だ。


 もっとガーリーな感じを予想していたのだが、違っていた。

 一言で入れば、シンプル。

 机の上も片付いていて、本棚もきちんと整頓されていた。

 ベッドの上の小さなクマのぬいぐるみだけが、女の子っぽさを醸し出していた。


「殺風景ですかね、私の部屋」

 明日菜ちゃんは、ちょっと自虐的に言った。


「そんなことないよ。きちんと片付いてる」


「散らかってると、落ち着かないんですよ。だから逆に気持ちが落ち着かない時、できるだけ部屋を掃除するようにしてるんです」


 明日菜ちゃんは机の前の椅子を俺に勧めてくれて、自分はベッドの上に腰掛けた。

 俺は明日菜ちゃんと向かい合わせになる。

 俺は……かなり緊張していた。


 さらさらの黒髪に、パーツの配置が恐ろしいほど整ったその顔立ち。

 セーターの上からでも主張がわかる胸と細いウエスト。

 ベージュのフレアーミニの下から伸びる形の良い足。

 その美少女の部屋で、俺と二人っきりだ。


 最近明日菜ちゃんのことを意識することが多くなったような気がする。

 もちろん『本命ですから』と言ってチョコを渡されたことも理由のひとつだ。

 でも……誠治や綾音、エリちゃんのことがきっかけでもある。


 いつまでも皆、同じというわけじゃない。

 変わっていくのが自然なのかもしれない。

 望むと望まざるとにかかわらずだ。


「えーと……ど、どうかしましたか?」


 俺からの視線をずっと感じていたようだ。

 明日菜ちゃんの顔が、少し赤い。


「ん? えーと……ちょっと見とれてたみたい」


「ふぇっ?……も、もう! そういうこと口にしちゃいけないんですっ!」


 明日菜ちゃんはベッドの上のぬいぐるを掴んで、俺に軽く投げつけてきた。

 俺はそれをキャッチして、笑ってごまかしながら立ち上がる。

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