No.152:3月の雪


「うわっ、なんか冷えるなぁって思ったら雪じゃん」


 札幌郊外の実家の部屋から、窓の外を眺める。

 3月の雪は珍しくないが、昼間から降ることはそんなにない。

 

 ウチの実家は札幌郊外のマンションの最上階。

 1フロアー全てが自宅、いわゆるペントハウスだ。

 このマンション自体、ウチの父親の会社が分譲したマンションだ。


 今年の春休みは特に予定もなかったので、できれば東京でバイトしたり皆と遊んだりしたかった。

 でも……ウチの両親がうるさい。

 ちょっとでも長い休みがあると、いつ帰ってくるのか必ず催促がある。

 特に母親からなんだけど……。


 兄もここに住んでいるけど、やはり娘がいないと寂しいんだろう。

 そもそも東京の大学に行きたいと言った時ですら、やんわりと反対にあった。

 まあ最後はウチの意見を聞き入れてくれたけど、父親がそれに合わせて中野にマンションまで購入したときにはちょっと引いた。

 まったく親バカ丸出しだ。

 もちろんそれはそれで、とても助かってるけど……。


 札幌の市街地に降り注ぐ大粒のぼたん雪を見下ろしたあと、部屋の中に視線を戻す。

 机の横の壁掛けフックにぶら下がっている、夏っぽいトートバッグが目に入った。

 誠治と瑛太からバリのお土産で貰ったものだ。

 アタという植物を編んで作られたものらしい。

 バッグの内側が布張りになっていて、デザインもいいし使い勝手も良さそうだ。


「春先になったら、絶対使おうっと。水着を入れて泳ぎに行く時とかにもいいよね」


 ウチはそのバッグを手にとって、それを使うシチュエーションを想像する。

 そう言えば去年は、長野の川で泳いだっけ。

 

「また今年も皆で行けるかな……」


 あのとき罰ゲームで、誠治がウチの胸元へ水をかけてきた。

 狙ってやったとはいえ、あの時は全然気にもならなかった。

 単なる友達の悪ふざけだと。


 でも……今は、誠治の気持ちを知ってしまった。

 ウチは水着を着て、誠治の前に対峙するシーンを想像する。

 ……ダメだ、恥ずかしい……。

 顔が赤くなりそうな自分に気がつく。


 ウチは時折、いままでの誠治とのやり取りを回顧することがある。

 ウチが瑛太のことを相談したとき、いつもウチの気持ちを理解してくれた。

 バイトで大変な時は、いつも助けてくれた。

 ウチの体調が悪い時やトラブルに合ったとき、時にはあからさまに、時にはさりげなく手を貸してくれた。

 

 いつだってウチに寄り添って、思いを尊重してくれた。

 ウチが気がつかなかっただけで……。


『オレが綾音の居場所を絶対に作る。だから何も心配しなくていい』


 あの時の誠治の表情を思い出すたびに、ウチの心臓が変な音を立てる。

 もちろん嫌な気持ちじゃない。

 だけどウチがあの時に感じた感情……自分でも表現できないあの感情は、いったいなんだったんだろうか。


「早く皆で遊びに行きたいな……東京へ戻りたくなっちゃったよ」


 ウチは帰省すると、高校の時の友達とよく遊びに行く。

 家の車もあるし、運転の練習も兼ねてドライブにも行ったりする。

 東京と比べて車の数が圧倒的に少ないので、運転の練習にはもってこいだ。

 でも……それもしばらくすると飽きてくる。


 早く東京で皆と会いたくなった。

 もうすぐ花見の時期だよね。

 今年もまた井の頭公園かな。


 誠治はウチに……どんな感情で接してくれるんだろう。

 そのときウチは、誠治にどんな感情を抱くんだろう。

 ウチの想い人は、瑛太だ。

 でもその気持を知って、ウチに寄り添ってくれる人がいる。

 

「見方を変えるとさ……それって、もの凄く幸せなことなのかもしれない」


 ウチのために居場所を作る、って言ってくれる人がいる。

 今までだって、ずっと味方をしてくれた。

 絶対に裏切られることはない。

 そんな安心感さえある。

 ただ……その人は、ウチの想い人じゃない。


「本当、世の中うまくいかないわね……」


 ウチはトートバッグを眺めながら、ため息交じりにそう呟いた。

 窓の外の雪はすっかり止んで、雲の間から薄日が差し込んできていた。

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