No.151:ひょっとして、告られた?


「瑛太君」


 急に美桜の声が真剣味を帯びる。

 表情が硬い。


「聞いてもいいかな?」


「なんだろ?」


「瑛太君……まだ彼女、いないんだよね」


「どうした急に……ああ、いないよ。いないの、知ってるだろ?」


「じゃあ、好きな子とか……気になる子とかは?」


「……」

 俺は一瞬、答えられなかった。


「美桜どうした? ちょっと今日、変だぞ」


「ごめんね……」

 美桜は食後に運ばれてきたコーヒーカップに両手を添えた。


「でも今日はどうしても言っておきたくて……私にもまだ、チャンスあるのかなって」


「美桜……」


「瑛太君の気になる子って、明日菜ちゃんだよね」


「……」

 

 俺はまた言葉に詰まる。

 しかし……沈黙は肯定になってしまった。


「ひょっとして、告られた?」


「いや、そうじゃない」


「そ、そう。違うんだ……」


 二人に気まずい沈黙が訪れる。

 俺も美桜も、コーヒーカップに口をつけた。


「ただ……言われた」

 

 俺はそう言葉を口から発してから……少し後悔した。

 言うべきじゃないかもしれない。


「? なにを?」


「……先月バレンタインあったろ?」


「うん」


「そのときにチョコ渡されて……『これは本命チョコですから』って」


「あー……もうそれ、告白と一緒じゃん」


「いや、そんな感じでもないんだよ。そのあとに『でもいますぐ答えが欲しいわけじゃない。逆にその答えは、遅いほうがいい』って言われたんだ」


「……ああ、そういうこと……なるほどなぁ……」

 美桜は何故か、ちょっと納得しているようだった。


「明日菜ちゃん、優しいなぁ……可愛くてスタイルも良くって、性格もいい子なんて……本当に存在するんだね」

 

 美桜は寂しそうな笑顔を浮かべ、またコーヒーカップに口をつける。


「でもそんなこと言ったらさ、わたしのチョコだって本命チョコだったんだからね。去年だって今年だって」

 美桜はちょっと拗ねた声でそう言った。


「そ、そうなのか?」


「もー瑛太君、これだもんなぁ……まあそれが伝わったとしたって、私に勝ち目はなかったと思うけど」


 美桜は小さくため息を吐いた。

 そして……また顔を上げてこう言った。


「瑛太君。彼女できたら、教えてね」


「ん? あ、ああ」


「それまでは、わたしと友達でいてね」


「……俺に彼女ができてもできなくても、美桜は友達だぞ。ずっと」


「えっ……」


 美桜の顔が歪んだ。

 目に一杯の涙を浮かべ、そして一筋流れた。


「あ、あれ? なんで……」


「美桜? 大丈夫か?」


「う、うん。大丈夫。本当にどうしちゃったんだろ……気にしないで。大丈夫だから」


 美桜は自分のハンカチを目元に当て、涙を拭っていた。

 しばらく美桜は涙を流していた。

 俺はそれを向かい側の席で、眺めることしかできなかった。

 たしか以前にも、こんなことがなかったか?


 

『ずっと友達だったら、彼女になることはない』



 俺の口から出た言葉には、そんな意味が内包されていたのか?

 そんな可能性に気づいたのは、美桜が泣き止んだあと会計を終えて見送って、ひとり帰りのバスに乗り込んだ後のことだった。


 俺は無意識だった。

 無意識に放った言葉だった。

 でも……おそらく美桜を傷つけた。

 Limeで弁解するか?

 でもなんて言うんだ?

 

 多分……何をどう弁解しても、それは不誠実になってしまう。

 俺はバスの中で、実家の部屋の中で悶々と過ごした。

 

 結局俺は、その事で弁解はしなかった。

 美桜からは「今日はありがとう」という内容のシンプルなLimeが来た。

 俺も「また東京で会おう」とシンプルな内容で返した。

 今度会う時には、また美桜の笑顔が見られることを心から祈って……。 

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