No.146:逆の仕事?


 翌朝俺たちは朝食をとったあと、散歩に出かけた。

 ビーチ沿いを歩いたあと、公園や商店街を散策する。

 所々にいろんな食べ物の屋台もあり、見ているだけでも楽しい。


 昼前にホテルのロビーに戻り待っていると、程なくして香織さんが車でやってきた。

 俺たちはそのまま地元のスーパーへ向かう。


「現地のスーパーは見ておかないといけないわよ。面白そうなお土産とかあるかもしれないし」


 香織さんはそう言って、連れて行ってくれたのだ。

 それなりに大きなスーパーだったが、珍しいものもたくさん売られていた。

 特に果物類は日本のものとは大きく違う。

 かなり強烈な匂いを発する果物も多かった。


 香織さんの勧めで、コーヒーを買っていくことにした。

 トラジャコーヒーとルアクコーヒーの2種類を購入。

 どちらもインドネシア産で、珍しいコーヒーらしい。


 特にルアクコーヒーの栽培方法が面白い。

 ジャコウネコというコーヒーの豆を好んで食べる動物がいて、消化しきれなかったコーヒー豆を糞の中から採取して焙煎したものらしい。

 消化酵素の影響で、風味豊かでまろやかな味わいが特徴だそうだ。

 俺は自分へのお土産と、海斗へのお土産にもコーヒーを選んだ。


 スーパーのあとは初日に俺たち4人が出くわしたカフェで昼食をとり、そのままホテルに戻る。

 車を駐車場に停めて4人でロビーに戻ってくると、ヤニーさんがにこやかに出迎えてくれた。

 香織とヤニーさんは他のお客さんもそっちのけで、インドネシア語と日本語でわいわいと楽しそうに話していた。


 俺たち4人は部屋に入って、バスルームを更衣室代わりに交代で水着に着替えた。

 詩織さんも香織さんも、上からTシャツを着てバスルームから出てきた。

 4人揃ってホテルのメインプールへ向かう。


「うわー、これは素敵だね」

「でしょ? 一回入ってみたかったのよ」


 詩織さんも香織さんもはしゃいでいた。

 俺たち全員、Tシャツを脱いでプールへ飛び込む。


 詩織さんは黒のビキニ。

 170センチ近くあるモデル体型で、手足も長く贅肉など全く無い。

 腹筋もうっすらと割れていて、セクシーというよりカッコいいという言葉が似合う。


 対象的に香織さんは、ちょっとふっくら体型だ。

 紺色に花柄をあしらったワンピース水着で、下がスカートのようになっている。

 胸のボリュームは十分だが「最近サボってたから、水着がいろいろときついわ……」とぼやいていた。


 しばらく泳いだりプールの縁から海を眺めたりしていたが、香織さんが「なにか飲まない? 奢るから」と言ってくれたので、4人でプールサイドのバーに移動する。


 俺と誠治はビール、香織さんはマイタイ、詩織さんはテキーラサンライズを注文した。


「なんだか凄く不思議な心地です。南の島の一流ホテルのプールサードバーでビールを飲むなんて……いつもの学生生活からじゃあ考えられないです」


「だよな。いつも学食で同じようなもんばっか食ってるし」

 俺の意見に誠治も乗っかる。


「そうだね。確かにこんな一流ホテルで過ごせるなんて……二人とも学生なのに贅沢だよ」


「そうね。現地に住んでる私でさえ、この空間は完全な非日常よ」


 詩織さんも香織さんもそんな事を口にした。

 俺たち4人は、南の島の非日常を存分に楽しんだ。

 楽しむと言っても何もせず、だらだらと時間を過ごすだけだ。

 プールに身を任せ浮かんだり、ビーチ沿いを歩いたり、パラソルの下のビーチベッドで寝そべったり。

 こんな時間の使い方も、贅沢なんだなと再認識した。


 夕方近くまでプールサイドで過ごした俺たちは、部屋に戻り交代でシャワーを浴びて着替えた。

 詩織さんと香織さんにはソファーに座ってもらって、くつろいでもらう。

 俺と誠治は二人で、4人分のコーヒーを用意した。


「いよいよ今晩のフライトで帰っちゃうんだね。どう? バリは楽しめた?」


「はい、香織さんがいろんなところへ連れて行ってくれたおかげで、とても楽しい旅行になりました」


「本当だよな。オレと瑛太だけだったら、どこへ行けばいいかわからなくて、きっと一日中さまよってましたよ」


「そう、それはよかったわ。最後の晩餐にふさわしいかどうかわからないけど、夜はミーを食べに行きましょ。チェーン店だけど、インドネシアでは大人気のお店だから楽しみにしててね。」

 そう言うと香織さんは、ローテーブルに置いたコーヒーを一口飲んだ。


 この三日間、本当に香織さんには助けられた。

 観光から買い物まで、しっかりと付き合ってくれた。

 そしてこの三日間は……俺にとって驚きと興奮の連続だった。


「香織さん、こんな素敵なところで生活できていいですね。羨ましいですよ。」

 俺は思ったことを素直に口にした。


「そう? まあ悪くはないけどね」


「それにバリで話題になりそうなこととか製品とか、日本のマーケットに売り込んでいくわけですよね? コーディネーターって、素敵なお仕事だと思います」


「うーん、大変なことも多いんだよ。収入だって安定しないし、日本の景気とかにも左右されるしね。ていうかさ、日本にいたら逆の仕事もできるよね」


「逆の仕事?」

 俺は思わず聞き返した。


「そうそう。海外にある面白いものを紹介したり、製品を輸入してそれを売ればいいでしょ? もちろん簡単なことじゃないけど、やり方次第では小規模でもできると思うわ。わたしも日本に拠点があったら、バリからの物を売る商売を考えるけどね」


「私はやらないからね。ただでさえ忙しいし」

 詩織さんはちょっと不機嫌そうにそう言った。


 俺はなるほど、と思った。

 自分の好きな海外のコトやモノを、日本で紹介したり販売したりする。

 そんなことを自分の仕事にできたら……めちゃくちゃ楽しいだろうな。


「あ、オレは東南アジアの食べ物を日本に紹介したいですね。インドネシアもタイもベトナムも、美味い物たくさんあるじゃないですか」


「そうね。食べ物屋さんも面白いわよね」


 俺たちの話は尽きなかった。

 普通の日本人とはちょっと違う人生を歩んでいる香織さんの話は、どれも楽しく刺激的だ。

 大学やヴィチーノとの往復だけでは、こんな話も経験もできなかっただろう。

 この旅行とこの出会いに、俺は心から感謝した。

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