No.144:彼女っているのかい?
翌朝のバリは、朝からどんよりと曇っていた。
「この時期は毎日こんな感じですねー」とヤニーさんも言っていたが。
今日も豪勢な朝食を食べ終えた俺と誠治は、詩織さんと共に香織さんの運転する車で一路ウブドという村に向かう。
ウブドは俺たちのホテルからバリ島中央へ向かって1時間半ほど車で向かったところにある、山間の村だ。
水田の広がる風景が人気の観光地で、多くの芸術家が拠点を設ける場所でもある。
悪路を走りながら、そろそろお尻が痛くなってきたころにウブドの村に到着する。
途中、日本の田舎の水田とはまた違ったアジア独特の農村風景を堪能できた。
最初に香織さんの案内で入ったところは、絵画や彫刻が展示してあるギャラリーだった。
香織さんはそこのオーナーと親しそうに話し始めると、スマホでいくつかの作品の写真を取り始めた。
「ごめんね。ちょっと仕事を兼ねさせてね」
「はい、全然いいですよ」
俺はそう言って、誠治と詩織さんと一緒にギャラリーの中を見て回る。
絵画や彫刻、アート家具などが所狭しと並んでいる。
俺はどの作品も素敵だと感じた。
絵画はウブドの水田を描いたものが多いが、中には海沿いの漁師町っぽい風景画もある。
どれも素朴なタッチで、気持ちがなごむ。
彫刻や家具もバリ風なタッチと欧州の洒落たデザインがコラボしたようなものが多い。
多分日本人なら、興味を持つんじゃないか……そんな作品ばかりだ。
「ここのギャラリーは新進気鋭のアーティストが多くて、日本人好みの作品も多いのね。だから今、日本の業者にセールスしているところなの」
「そうだったんですね」
なるほど、ビジネスコーディネーターの本領発揮というわけだ。
現地の面白そうな作品や商品に目をつけ、それを日本のマーケットに売り込んでいく。
俺は面白そうな仕事だなと思った。
しばらくしてから俺たちはギャラリーを出て、ウブドを散策する。
アートマーケットというところに入ると、たくさんの観光客で賑わっていた。
彫刻や絵画だけでなくお土産になりそうなカバンやTシャツ、アクセサリーの小物のお店が軒を連ねる。
面白い形の雑貨、日本では見ないようなデザインの装飾品など、見ているだけでも楽しい。
「あとでお土産を買えそうな店にも寄るからね。別にここで買う必要もないよ」
香織さんはそうアドバイスしてくれた。
ウブドの現地レストランで軽食を取った俺たちは、そのままデンパサールへ向かう。
デンパサールは空港の北側に位置するバリ島の中心都市だ。
香織さんは俺たちをショッピングツアーに連れて行ってくれた。
最初の店は家具とキッチン用品のお店だ。
家具はバリ島の伝統的なものからヨーロッパ系の洒落たデザインのものまで、趣味の良いものがたくさんある。
クッション類もたくさんあって、女性なら喜ぶだろう。
詩織さんはさっそく、バリ島っぽい柄のクッションを1つ購入していた。
香織さんが次に連れて行ってくれたのが、アタ製品のお店だ。
アタとは主にインドネシアに自生するシダ科の植物で、その茎の部分を編み込んで製品が作られる。
イメージで言うとラタン製品に近いが、アタはラタンより目が細かいらしい。
「おー、なんかいいなぁ。オレ、こういうの好きだわ」
「ああ、アジアっぽくっていいよな」
誠治の意見に、俺も賛同する。
「この店の商品はデザインが洒落てるの。だから欧米人にも人気よ」
香織さんが、そう教えてくれた。
俺も誠治も詩織さんも、あちこち目移りしながら店内を散策する。
小物入れやランチョンマットなんかもあって、どれも可愛い。
「これ、可愛くないか?」
誠治が手にとって見せてくれたのは、アタで編み込まれた大きめのトートバッグだ。
内側は布張りされていて、持ち手の部分は皮でできている。
作りもしっかりしているが、値段もそれなりだ。
色は茶色とベージュの二種類ある。
「これ、お土産にどうだ?」
「いいんじゃないか? でも……女子全員に買っていくのか? それじゃあカブるだろ?」
「うーん、そうだな……一応値段が同じになるようにしないといけないよな」
審議の末、この大きなトートバッグは綾音と明日菜ちゃんに色違いで。
一回り小さなトートバッグとアタの小物入れのセットを、エリちゃん、弥生ちゃん、美桜に。
ランチョンマットと何か他の食べ物を、海斗に買っていくことにした。
結構大きな金額になったので、ここは誠治のクレジットカードのお世話になる。
帰国後きっちり精算する予定だ。
それと……美桜の分は、俺は多めに払うつもりだ。
ショッピングツアーが終わると、夕食の時間になっていた。
香織さんは俺たちを、デンパサール市内の中華料理屋に連れて行ってくれた。
「最近中国人観光客が増えたおかげで、安くて美味しい中華料理屋さんが増えてきて嬉しいわ」
そう言って連れてきてくれた中華料理屋さんは、香織さんのお気に入りらしい。
それほど広くない店内に鶏の丸焼きとかが置いてあって、東南アジアのムード全開である。
注文は香織さんにおまかせした。
香織さんのお気に入りは、ここの焼き餃子らしい。
日本では餃子といえば焼き餃子だが、海外の中華料理屋で餃子といえば水餃子か揚げ餃子がデフォルトらしく、おいしい焼き餃子を出してくれるお店は実は少ないらしい。
「ところで誠治君も瑛太君も、彼女っているのかい?」
注文を終えて料理を待っている間に、詩織さんがいきなりブッ込んできた。
「いや、いないですよ」
「オレもです。いたら瑛太と二人でとか来ませんよ」
「ふむ、そうなんだね……瑛太君はあの子……えーと、明日菜ちゃんだっけ? それともバレンタインデーに友達と来た元カノの子とはどうなったんだい?」
詩織さん、よく覚えてるな……。
「明日菜ちゃんも美桜も、友達ですよ。彼女とかじゃないです」
「そうなんだ。ああ、あとあの子……茶髪でスタイル抜群の子いたよね?」
綾音のことだな。
「ああ、綾音は……」
俺は思わず誠治の方へ目をやる。
「は? いや、ちがうちがう! だから瑛太、そういうのやめろって言ってんだよ!」
「す、すまん……」
「え? なに? どういうこと? そうなのかい?」
「ねえねえ、なんの話? おばさんも混ぜて! そういうの大好物なの! 最近ご無沙汰だし!」
香織さんまで混ざろうとしてきてカオスになった。
俺たちはなんとかごまかして、その場を取り繕った。
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