No.143:早速ナンパとか?


「ふぅ……やっぱ喉が渇くな」


 オレは瑛太と話した後、いつのまにやら眠りに落ちていた。

 だがしばらくすると、喉の乾きで目が覚めてしまった。

 トイレから戻って、ペットボトルの水をグラスに注ぎ一気飲みする。

 夕食が辛かったせいだろう。


 もう一つのベッドの方を見ると……瑛太はぐっすり夢の中のようだ。

 オレはスマホを手に取る。

 時刻は夜の11時過ぎ。


「日本は……12時過ぎってことだな。もう寝てるかもしれんが……」


 オレは少し迷ったが、そのままLimeを開いて文章を打ち始めた。


        ◆◆◆ 


「あーもう、疲れたぁー」


 ヴィチーノでのバイトから戻ったウチは、しばらくベッドの上で倒れていた。

 なんとか気力で起き上がりシャワーを浴びて、今出てきたところだ。


 ヴィチーノは平日とはいえ、瑛太と誠治の二人が抜けている。

 他のバイト仲間と埋め合わせしているが、あの二人の穴を埋めるのは大変だった。


「もう……二人とも早く戻ってきてよ……」


 ウチの呟きと同時に、テーブルの上のスマホが振動した。

 スマホを手に取ると、Limeメッセージ。

 誠治からだ。


 まず送られてきた写真に目が行く。

 カフェかどこかだろうか。

 誠治と瑛太が、二人の美人さんと楽しそうに写っている。


「も、もう! 早速ナンパとかしちゃってるの?」


 でも送られてきた文章を読むと……え? 詩織さんって、あの詩織さん?

 そして詩織さんのお姉さんは現地に住んでいて、一緒に観光案内してもらっている、と。


「へぇ、凄い偶然だね。それってめっちゃラッキーじゃん」


 それから……誠治は夜寝る前に、瑛太に話したようだ。

 この間、昭和純喫茶で何があったのか。

 でも……ウチの思いは、瑛太には話さなかったらしい。


『それは綾音の口から、直接言わないとダメだぞ』


 その誠治の気遣いに、ウチは感謝したが……。


「もうなんかさぁ、そういう事言える感じじゃないじゃん……」


 ウチは独りごちる。

 あの一件以来、ウチは余計に臆病になった。

 エリちゃんは海斗がカバーしてくれて、今まで通り何もなかったようにウチたちと一緒にいる。

 でも……ウチはどうなるかわからない。

 誠治がカバーしてくれるって言ってくれてるけど。


 それだけじゃない。

 いやそれ以上に……自分でも驚くくらい、ウチは誠治の気持ちを気にしていた。

『オレのことは気にするな』って誠治は言うけど……。

 今まで全然気がつかなかったけど、時折見せる誠治の憂いた表情。

 ウチは……そんな誠治の顔を見るのが、ものすごく辛い。

 いつもウチの気持ちを優先してくれていた誠治に、そんな思いをさせることが……。


「結局、ウチがヘタレで動けないだけなんだけどさ……」


 それでも……ウチはそれでも、いいと思った。

 誠治を傷つけるよりは、よっぽどいい。

 それにウチが動かなくたって……多分周りが勝手に動いていく。

 多分ウチの性格からしたら……その動きに身を任せていくんじゃないかな。

 なんだか諦めに近い心境だ。

 瑛太に対する諦めと言うより、自分のそのヘタレた性格に対する諦め。


 ウチは大きなため息をついた。

 するとスマホがまた震えた。


 誠治:お土産買っていくからな。楽しみにしてろよ。


 バリ島まで、ため息が聞こえたんだろうか。

 誠治の気遣いが、嬉しかった。


「ありがとう、誠治」


 バリは確か……まだ夜の12時前ってことだよね?

 ウチは眠たい目をこすりながら、Limeで返事の文章を打ち始めていた。

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