No.139:一緒に行動しない?


 そうこうしているうちに、バリ島で再び現地の男性と仲良くなった。

 バリ島のダイビングショップのオーナーらしい。

 香織さんは何度かバリ島へ通ううちに、その男性からも熱烈なアプローチを受け続けてプロポーズされた。


 さすがに懲りた香織さんは、プロポーズは断った。

 それでもその男性はあきらめず、熱心にプロポーズし続けた。

 これには香織さんも、少しずつ心を動かされていったという。


 その男性がヒンズー教徒だったことも、大きかったらしい。

 インドネシアでは一夫多妻が認められているが、そもそも一夫多妻制はイスラム教の文化背景が強い。

 ジャカルタのあるジャワ島はイスラム教徒が多いが、隣のバリ島は基本的にヒンズー教の島だ。

 バリ島出身の彼には、一夫多妻という考えは毛頭なかった。

 他の女性の影も見られない。


 結局その男性と2年くらいの遠距離恋愛の末、彼の熱意に負けた香織さんが周りの反対を振り切って結婚した。


 香織さんはバリ島へ移住。

 旦那さんと一緒に、ダイビングショップを手伝う日々に明け暮れる。


 ところが話はここで終わらなかった。


「そのダイビングショップの経営状態が、火の車だったのよ」


 順風満帆と思われた新生活だったが、蓋を開けてみれば旦那さんが経営するダイビングショップの経営状態はまったく芳しくなかった。

 ダイビングというレジャーは、どうしてもシーズンによって売上が左右される。

 しかも最近新規にオープンしたダイビングショップも増え、競争が激しくなってきているらしい。


 人を減らしたり経費を削減したりして、なんとか赤字垂れ流し状態からは脱却できた。

 しかし夫婦二人の生活費さえ、困窮するような状態だった。

 仕方なく香織さんの方も別途働いて、家計を支えることにした。


 香織さんは日本の広告代理店で働いていた時のコネを活かして、インドネシアに取材やロケに訪れるメディアに対して、コーディネーターの仕事を始めた。


 インドネシアでロケのネタになりそうなネタには常にアンテナを張って、日本のメディアに紹介する。

 日本から取材に来る時は、ホテルから車やドライバーの手配、また自ら通訳までも買って出る。

 いわゆる日本のメディアに対する「便利屋」「なんでも屋」である。


「昔女性のお笑い芸人がコモドドラゴンに追っかけられるヤツ、あったでしょ? コモド島って、インドネシアにあるのよ。もちろんあれは、わたしがアレンジしたやつじゃないけどね」


 話を聞くと、日本の誰もが知っている俳優や芸人たちのロケにも、香織さんは携わっているらしい。

 1度ロケのアレンジをすると、それなりの収入になるようだ。

 とりあえず生活費の確保は、問題なさそうに思えたのだが……。


「最近メディアの予算削減が厳しくってね。ロケ自体がすごく減っちゃったのよ」


 困った香織さんは、他に何かビジネスの道を探った。

 しばらくすると、どこからか香織さんのことを知った日本の人たちから「バリでこういう商品ありませんか?」「こういう商品を安価で作ってくれるところを探してるんですが」という問い合わせが来るようになった。


 これはビジネスになった。

 商品を紹介し日本へ発送までのアレンジ、あるいは製造工場を紹介して商品のコンテナ輸出までお手伝いをして、手数料をもらう。

 言うなれば「ビジネスコーディネーター」とでも言うべき仕事だろうか。


「こういう仕事って大きな会社だったら通常は商社を通してやるんだけど、中小零細の会社だと懇意にしている商社自体がないところが多いの。だから金額は小さいけど、まだまだニーズはあると思うわ」


 最近ではそれなりの規模の案件も多く、ジャカルタ近郊の工業団地にある工場を紹介する案件とかも出てきているらしい。


 なので実際に家計を支えているのはインドネシア国内を飛び回っている香織さんの方らしく、旦那さんは家で肩身が狭い思いをしているとか。


 俺も誠治も、感心しながら香織さんの話に聞き入っていた。

 1クール分のドラマが作れそうなぐらい、濃い人生経験だ。


「ところで二人はいつまでの予定なのかな? 私はあと3泊していく予定なんだけど」


「オレ達はあと2泊します」

 誠治は詩織さんにそう答えた。


「それじゃあどうせだったら、一緒に行動しない? 詩織を車で観光に連れて行く予定だから、一緒に回ればそのまま観光できるわよ」


「え? いいんですか?」

 思わぬ申し出に、俺も前のめりになった。


「いいわよ。詩織もいいよね?」


「ああ、私は問題ないよ。でも二人とも、予定は決めてなかったのかい?」


「はい。オレも瑛太もあまり計画を立てずに、行き当たりばったりの旅行にしようって決めてたんで」


「そうなんだ。だったら好都合だね」


 まったくもって有り難い話だ。

 実は俺も誠治も、観光するのに移動手段に頭を悩ませていたところだ。

 最悪タクシーを利用しようと話をしていたのだが、それだと近いところしか行けない。

 長距離だと料金交渉が発生し、多分ボラれるだろう。

 言葉だってカタコトの英語だし、おぼつかない。

 そんな中、香織さんの申し出はまさに渡りに船だった。


 今日は夕食後、バリ島の民族舞踊ケチャックダンスを見に行く予定らしい。

 それに同行させてもらうことにした。


「とりあえず私達は一旦家に戻るわ。また夕方ホテルにピックアップに行くから。それから食事をしてからケチャックダンスを見に行きましょ」


「はいっ!」

「ありがとうございます」


 それから俺たちは注文したポークカレーとチキンステーキを堪能した。

 両方とも期待を裏切らない美味しさだった。

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