No.136:豪華なホテル


 お迎えの客は、どうやら俺たちだけだった。

 俺と誠治とルディさんが乗り込んだワゴンは、すぐにホテルに向かって走り出した。


「ルディさん、日本語上手ですね」


「ソウデスカ? アリガトゴザイマース」


「お天気って、どうですかね?」


「キョウハ、雨、スゴカッタデスネ。アスモ 雨 チョットフリマス。デモ イチニチジュウ フルコトハ ナイデスヨ」


 ちなみに今はどんよりと曇っていて、ほぼ日没の時間ぐらいだろう。

 西側の空が、薄っすらと明るい程度。

 そういえば1月2月のバリは雨季で、1年で一番雨の多いシーズンらしい。


 ワゴン車は夕闇の中、インターパシフィック・バリ・リゾートへ向かって走る。

 この5つ星ホテルはバリ島内のジンバラン地区にあり、空港からも15分程度とかなり近い。

 外の風景を楽しむ間もなく、車はあっという間にホテルに到着した。


 アプローチを抜けホテル玄関前で車を降りると、大きなドラの音が聞こえた。

 

「グッドイーブニング」


 ポーターさんがワゴン車から荷物を降ろしてくれる。

 俺たちは受付に向かって歩いていくと……


「シンドウ様ですか?」


 女性が流暢な日本語で話しかけてきた。


「日本語デスク担当のヤニーと申します。お待ちしてました。バリへようこそ」


 ヤニーさんは、俺たちを日本語デスクと思われるテーブルに案内してくれた。

 そこでチェックインを済まして、日本語で館内の説明を受けた。


「ヤニーさん、日本語お上手ですね」


「ありがとうございます。大学で勉強しました」


 ヤニーさんは首都ジャカルタの大学で文学部日本語学科を卒業したあと、ここのホテルで働いているということだ。


「じゃあ漢字とか書けるんですか?」


「あー書くのはちょっと難しいですね。読むのは簡単なものであれば大丈夫ですけど」


 やはり漢字を書くのは難しいようだ。

 そういう俺たちだって、手書きで漢字をどれだけ書けるかというと懐疑的だ。

 スマホの功罪は大きい。


 俺たちはヤニーさんにお礼を言って、部屋に向かう。

 俺たちのスーツケースを持った男性ポーターについていく。

 長い廊下を歩いて、俺たちの部屋の前に着いた。

 男性がドアを開けて、部屋の電気をつけてくれる。

 中に入った俺たちは、歓声をあげた。


「うわ、広いな」

「スゲー」


 体感的には俺のアパートの倍、いや2.5倍ぐらいの広さだ。

 シングルベッドが二つに、ソファー、テーブル、その他調度品もバリらしい装飾が施されている。

 テーブルの上には、ウェルカムフルーツが用意されていた。


 ポーターの男性にチップを渡して帰ってもらった後、俺たちはあらためて部屋を見渡す。


「いやー、いい部屋だな」


「ああ。初海外でこんなにいいホテルに泊まれるとは思ってもみなかったぞ」


「せっかくだから、ウェルカムフルーツ食べてみようぜ」


 俺たちはソファーに移動して、ローテーブルの上のフルーツを眺める。


「バナナにりんごにオレンジと……これはライチか?」


「そうだな。でもこっちは何だ? オレもわからん」


 二人とも、初見のフルーツがあった。

 スマホで調べると、マンゴスチンという果物だった。

 果物の女王と呼ばれているらしい。


 とりあえず二人ともバナナを食べて、腹を落ち着かせた。

 外はすっかり暗くなってしまったので、今日はホテル内で済ますことにする。

 部屋にあったレストランの案内を見ながら、どこへ行こうか案を練った。


 ホテル内にはバーも含めて食事ができるところは4ヶ所。

 一つは日本料理だ。

 せっかくなので、インドネシア料理を食べられるレストランへ行くことにした。


 レストランへ入ると、すぐに席へ案内された。

 メニューを見ながら、オーダーを考える。

 ピザやパスタ等のメニューもあった。

 

 俺たちはナシゴレンとミーゴレン、シェア用にサテ・カンビンを注文した。

 カンビンとはインドネシア語でヤギのことで、ヤギ肉のサテらしい。

 基本飲み物も注文する必要があるので、二人とも現地のビンタンビールを注文した。


 値段をみると、さすがにホテル価格だ。

 ナシゴレン、ミーゴレン共に、日本円で千円程度。

 それにサービスチャージとTaxで21%プラスでかかる。


 程なくして料理が運ばれてきた。

 結構なボリュームだ。

 ビールで乾杯してから、俺たちはまずヤギ肉を食した。


「お、美味いな」


「うん……味は旨いけど、俺はサテアヤムの方が好きかも」


「同感だ」


 ナシゴレン、ミーゴレンもそれなりに美味かった。

 ただ辛さが強い。

 俺たちが知っている吉祥寺のカマール・マカンの料理は、やはり日本人向けに味が調整されているんだろう。


 すこしヒリヒリした口の中に、ビールを流し込んでおさめる。

 時間も少し遅くなったせいか、レストラン内は閑散としていた。


「明日の朝は朝食が付いているから、たっぷり食べて昼は外で食べることにしよう」


「ああ、それがいいな」


 誠治の提案に俺も賛同する。

 ホテルの外の方が、きっと安くて旨い店があるはずだ。

 

 俺たちは部屋に戻って、交代でシャワーを浴びた。

 誠治がシャワーを浴びている間にテレビのチャンネルを変えていると、なぜか日本のNHKが映った。

 またホテル内はWiFiも完備している。

 NHKを見ながらスマホを弄っていたら、ここが海外ということを忘れてしまいそうだった。


 疲れと多少の時差のせいもあるのか、10時前後には二人とも起きているのがしんどくなってきた。

 旅行初日の夜は俺も誠治も、そのまま泥のように眠った。

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