No.135:バリ島へ


 少し狭目のエコノミーシートの背中に、強めのGがかかった。

 機体は大きなエンジン音とともに、どんどん加速する。

 そのうちに機体前方が上の方に上がると、タイヤの音がしなくなった。

 どんどん上昇し、耳が少しツンとなる。

 ベルーガ・インドネシア航空の成田発デンパサール行きの直行便は、定刻の午前11時から15分ほど遅れて、俺と誠治は機上の人となった。


 旅行の準備は、思いのほか大変だった。

 まずパスポートの申請。

 試験期間中に母親に頼んで長野の役所で戸籍謄本を取ってきてもらい、速達で送ってもらった。

 試験が終わってからすぐに新宿のパスポートセンターへ申請、1週間後に人生初のパスポートを受け取った。


 迷った末、スーツケースをレンタルにした。

 スマホで申し込んで、料金は代引で支払う。

 帰国後宅配便で送り返せば、それで終了だ。

 レンタル代は決して安くなかったが、大きなスーツケースを狭いアパートの部屋に保管することを考えると買う気にはなれなかった。


 成田まで行くのにも一苦労だった。

 誠治は三鷹、俺は西荻窪から、連絡を取り合って同じ中央線の車両に乗り合わせた。

 出発を日曜日にしたのは、朝のラッシュ時間に大きなスーツケースを持って乗り込むのは、さすがにまずいだろうと思ったからだ。

 御茶ノ水で総武線に、その後錦糸町で総武快速に乗り換えて成田まで乗り継いだ。

 本当は新宿から成田エクスプレスに乗りたかったが、電車代が倍以上かかる。

 時間はあるわけだから、ここはコスト優先だ。


 成田のベルーガ・インドネシア航空のカウンターでチェックインを済ませた後、誠治があらかじめ申し込んでくれたポケットWiFi端末のレンタルを受け取りに行く。

 これでバリ島でも、ネット環境は問題ない。

 誠治と別行動をすることもないので、1台あれば十分だ。


 その後手荷物検査、出国審査、搭乗手続きを経て、機体に乗り込んだ。

 そのときにはもう、俺も誠治もクタクタだった。


「出発する時、ジェットコースターみたいだったな」

 恥ずかしながら、俺は初海外旅行どころか初飛行機だった。


「ん? まあそうかもな」

 誠治は疲れ気味にそう言った。


 誠治は海外旅行は2回目らしい。

 前回は酒屋卸の組合の招待旅行だったらしい。

 その時ご両親が無料招待を受けたのだが、プラス1万円で家族同伴もOKということだったので、誠治もそれに参加したとのことだった。


「韓国へ1泊の旅行だったんだけどな。なにしろ時間があれば土産物屋に何度も連れて行かれて、さすがに引いたわ。でもまあ、食べ物は美味かったけどな」


 やはり安いツアーには、それなりに理由があるんだろう。

 このツアーはどうだろうか。

 安いどころか、無料だし……。


 バリ島は東南アジア諸国のインドネシアにある。

 インドネシアの首都ジャカルタは、バリ島のお隣りにあるジャワ島に位置する。

 バリ島もジャワ島も赤道よりちょっと南にあるので、南半球と言えるだろう。


 そういう意味では、オーストラリアからの距離が案外と近い。

 バリ島も以前はオーストラリアからの観光客が一番多かったが、近年は中国からの観光客が一気に増えたらしい。

 街のいたるところで、中国語の看板が目につくようになったと聞く。

 まあこれらも、ネット情報なのだが。


「とりあえず着いたら、夕方だな」


「ああ。フライト時間は8時間弱で現地時間の夕方6時前に着く。空港を出るまで時間がかかるだろうから、ホテルに到着したら7時は過ぎるだろ」


 とりあえず今日の夜は、ホテルのレストランあたりで食べようということにしている。

 因みに日本とバリ島との時差は1時間。

 バリ島の18時は、東京の19時だ。


 実は俺たちは、滞在中の予定をあまり詳しく立てていない。

 ガチガチに予定を立てるよりは、行きあたりばったりを楽しもうと話している。

 俺も誠治もお互い共通しているのが、観光地化されたところよりも現地の人たちの生活や文化が分かるところに行ってみたいという点だ。

 観光地化されたところは、おそらく5つ星ホテルだけでも十分だろう。


 エコノミーシートの俺たちはインドネシアのビンタンビールを飲みながら、既に機内食で盛り上がっていた。

 ビールも機内食も、やけに旨かった。

 否が応でも、これからの旅行に期待が膨らむ。


 2度の機内食を平らげシートで一眠りしている間に、機体は着陸態勢に入った。

 窓からは一瞬赤土色の家並みが少し見えたと思ったら、またすぐに海しか見えなくなった。

 しばらくすると機体は高度を下げ、ドンッという軽い振動とともに着陸する。


 俺たちは飛行機から降りて、入国審査を済ませる。

 ベルトコンベアーからスーツケースを回収し、とりあえず当面必要となる現金を両替した。

 どうやらバリ島はホテルとかで、チップが必要な文化らしい。

 チップ用のキャッシュを用意する必要がある。


 幸いなことに、誠治はクレジットカードを持ってきている。

 大きな買い物をするときは、誠治のカードで立て替え払いをしてもらって、帰国後に精算する予定だ。

 なにげに誠治に「おんぶに抱っこ」状態である。


 スーツケースを引っ張りながらゲートを抜けて、空港の到着ロビーに出る。

 ロビーは多くの人達で賑わっていた。

 俺たちはホテルからのお迎えの人を探す。

 横からは「タクシー? タクシー?」という客引きの声が聞こえる。


 程なくして『Mr. Shindo』と書かれた小さめのホワイトボードを持った男性を発見した。

 

 「コンニチワ~ ワタシノナマエハ ルディさんデース! バリへヨーコソ! スラマッ ダタン ク バリ!」


 やけにノリのいいルディさんについて外に出ると、ムッとした外気に包まれる。

 2月の日本から来たから、やけに暑く感じる。

 外にはホテルのロゴが入ったワゴン車が、既に待ってくれていた。

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