No.132:一度向き合ってみよう


「ウシっ、エリの手作りチョコも貰えたことだし……じゃあ俺、帰るわ」


「えっ? でも多分、お母さん海斗の分も夕食用意してると思うけど」


「え、そうなの? そっかー……じゃあご馳走になっていこうかな」


 海斗は手渡したチョコを膝の上に置いて、大きく伸びをする。


「エリもそろそろ、俺のこと見てくれてもいいんじゃね?」


「もう……それは前から言ってるでしょ? 兄弟とは恋愛できないって」


「そんなこと言って……幼稚園の時『おおきくなったら、かいとのおよめさんになる!』って言ってた、あの可愛いエリはどこへ行ったんだよ?」


「またそれ? 言ってないし!」


「だから言ってたし! なんなら、おばさんに訊いてみろよ」


「言った本人が覚えてないし! だから無効!」


 このクダリは、もう今まで何回も繰り返されてきた。

 それも二人のときだけじゃなくて、家族同士で集まったときにも以前は必ずネタになった。

 そして……エリはそれがものすごく嫌だった。


 海斗は小さい頃から、エリに好意を伝えてきた。

 もう何回も告白されている。

 冗談っぽいのも含めると、多分20回以上は言われている。

 俺と付き合ってくれ、と。


 でも……エリにとって海斗は殆ど兄弟のようの存在で、距離が近すぎるのだ。

 とても恋愛対象として考えられなかった。

 高校のときエリに初カレができた時、海斗は目に見えて落ち込んでいた。

 少しだけ、罪悪感を感じた。


 でもエリが別れたと聞きつけると、すぐに自転車に乗って家に駆けつけてきた。

 

「だから俺にしとけって、言ったろ?」


 開口一番、海斗はそう言った。

 もちろんそれでも付き合う気は、全然なかった。

 でも……その日はずっとエリの話に付き合ってくれた。

 まるで本当の兄弟のように。

 だから別れのダメージは、全然なかった。


 海斗のルックスがエリの好みじゃないかったことも、一つの理由だったと思う。

 エリは他の多くの女性と同じで、長身イケメン好きだ。

 そう、誠治さんのような……。


「なあエリ。今度気晴らしにドライブでも行くか?」


 でも今回のことで思い知らされた。

 海斗はずっとエリに寄り添ってくれた。

 今に始まったことじゃない。

 もうずっと前から。

 エリが来なくていいからって言っても、勝手にやって来て家に上がり込んで。

 ウジウジして全然前に進めないエリに、その扉をこじ開けて助けてくれた。


「逗子の方にさ、うまいシラス丼の店が何件かあるらしいんだ。海でも見て美味い物食べたら、ちょっとは元気出るぞ」


 家族のように思っていた。

 でもだからこそ……海斗以上にエリのことを知っている男子は、他にはいないだろう。

 今エリがどうしてほしいか。

 あるいは、してほしくないのか。

 何が好きで、何が嫌いか。

 海斗はいつも、瞬時に見抜く。


「うん……そうだね。ドライブ、いいかも」


「へっ?」


「な、何? 言い出したの、そっちでしょ?」


「いやそうだけど……またいつもみたいにいろいろ理由つけられて、断られるかと思ったから」


「べ、別にいつもそんなことしてる訳じゃないでしょ」


「うわー、自覚ナシかよ……まあいいや、ドライブ行こうぜ。約束な」


「う、うん……」


 可愛い系のメガネ男子は、好みじゃなかった。

 家族のような関係だし、ときめきも何もない。

 それでも……エリがピンチのときには、必ず側にいてくれる。

 絶対にエリのことを裏切らない。

 そんな安心感がある。


「ついでに鎌倉の方とか、寄ってみたいかも」


「ああ、ついでに寄るか? 帰りに横浜で中華ってプランも考えてたけど」


「あっ、横浜かぁ。そっちでもいいなぁ」


 恋愛には発展しないかもしれない。

 そんな目で海斗のことを、見られないかもしれない。

 それでも……一度向き合ってみよう。

 少なくともそれが、エリのことをここまで思ってくれている男子に対する礼儀だ。

 従兄弟だろうがなんだろうが、関係ない。

 いつまでも逃げてるわけには、いかないんだ。

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